氷と花
せり上がってくる怒りを鎮めるために、ネイサンは執務机の横にあるデキャンターからブランデーを杯に注ぎ、一気に飲み干した。喉を焼くようなアルコールの熱が、ネイサンの体に染み込んでいく。
しかし、心の平安は訪れなかった。
ガラスの杯を銀の盆の上に戻し、首元を締めているクラヴェットを片手で緩めると、ネイサンは執務机の椅子にどかりと腰掛けて天井を仰ぎ見た。
マージョリー・バイル。
その名を想うだけで、ネイサンの血は逆流しそうになった。その名を口にするだけで、肌の下にまで彼女の存在を感じるような気がした。ネイサンはあまりにも長いあいだ彼女のことを愛し、その想いが叶わないものであるという現実に慣れてしまっていたので、今、この屋敷の中に彼女がいることに戸惑いを隠せなかった。
しかも彼女は、ネイサンの婚約者としてここにいる。
しかし、喜びはあまりない。
「くそ……呪われろ」
ネイサンは天井を向いたまま片手で顔を覆って、信じてもいない神に向かって雑言を吐いた。もしくは、自分の不甲斐なさに向かって。もしくは、頭の足りない実の弟に向かって。