氷と花
泣いてはだめよ。いまだけは、泣いてはだめ!
明日になれば、いくらでも泣く時間はある。でもいまだけは、泣いてはだめ。
マージュはできるかぎり目立たない場所に身をひそめていたが、あまり参列者の群れから離れてしまうのは礼儀に反していたから、人垣の後ろで隠れるように背を縮めていた。それでも、フレドリックの陽気な声から逃げることはできなかった。
フレドリックは花嫁のほおに口づけを与え、彼女がどれだけ美しく魅力的であるかを参列者に惜しげなく語り回っている。
フレドリック、フレドリック、フレドリック。
彼はいつだって太陽のようなひとだった。
明るくて、大胆で、少年のような正直さをいつまでも失わない、マージュの太陽。しかし今日からはもう、彼の暖かさと光はマージュのものではなくなった。ダルトン教会の前で、白い婚礼のドレスに身を包みながら笑っている、あの女性のものへとなったのだ。
どれだけ我慢しても涙がこぼれるのを止められなくなったマージュは、教会の裏に逃げようと決心して、後ろを振り返った。
しかし、途端になにかがマージュの行く手をさえぎり、マージュは立ち往生した。
大きくて黒くて硬い、壁のようななにかに体をぶつけて、驚いて顔を上げる。そしてその壁の正体に気がつき、するどくヒュッと息を吸って固まった。
「ミスター・ウェンストン」
挨拶コーテジーなのか、驚きから漏れてしまっただけの声なのか、マージュにもよく分からなかった。
しっかり後ろになでつけられた短い黒髪、マージュの二倍はありそうな広くてがっしりとした肩幅、見上げるような長身……そして氷のような冷たい灰色の瞳が、陰気にマージュを見下ろしている。
彼の造形はすぎるほどに男性的で、美しくはあるのだろうが、フレドリックのように親しみのわく少年的な魅力とはかけ離れていた。
マージュは彼が嫌いだった。
否、苦手だった。
なにもしなくてもマージュを震え上げさせるのに十分なもの恐ろしさを放っていたし、いつも疎遠で、それでいて顔を合わせるたびに怖いほど鋭い視線をマージュにじっと降り注ぐ。いまのように。
そう、マージュは彼が苦手だった。恐れていた。