氷と花

朝のひととき 〜 "I am glad you loved it"

 ウェンストン・ホールでの生活がはじまってたったの三日で、マージュは未来の夫についていくつか驚きの発見をしていた。

 まず、マージュは、ネイサン・ウェンストンほど忙しく働きたがる人間を他に知らなかった。
 四六時中……たとえばとっくに工場の操業時間が過ぎた夕食の後でも、どこそこを点検しなければいけないだとか、明日はこれそれの搬入があるので用意が必要だとか、そんな理由でふらりと屋敷から消えることが多い。

 彼はつねに従業員達の監督をし、取引の交渉を行い、伝票をまとめ、難しい顔をして次のビジネスのことを考えているらしかった。
 たとえばフレドリックのように、小説や詩を読んでそれをマージュと語り合うことは、まずないと思っていいだろう。

 小説や詩集や観劇や散歩などといった人生に色を添える楽しみごとは、ネイサンにとってなんの意味もない……それどころか、針のむしろに等しい地獄らしかった。
 そもそもウェンストン・ホールはネイサンが経営する綿工場と隣接しており、まるで屋敷の一部といってよかった。

 ネイサンにとって家とは、どうしても体が必要としている時に食事を摂り、髭を剃り入浴をして、夜、眠りについて翌日の仕事に備えるための……「備品」なのだ。

 ネイサンはよそよそしく、堅苦しく、いつまで経ってもマージュを「マージョリー・バイル」と長ったらしく呼んだ。
 
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