氷と花
 ウェンストン・ホールに来てから四日目の朝、マージュはついにたまらなくなって、ネイサンと顔を合わせることのできる貴重な朝食の時間、なにか人間的な会話をしてみなくてはと決心した。

 確かに、この結婚は便宜的なもので、ふたりのあいだに愛情はないのかもしれない。
 しかし、今そうだからといって、未来永劫、死ぬまでずっとそうであるのは寂しいではないか……。男女としての恋愛ではなくとも、家族として、親愛の情くらいは持ち合いたい。

 それが可能であると、信じたかった。

 *

 マージュはいつもより早起きをして、ほんの少し顔におしろいを叩き、なめらかな象牙色のシャウルを肩に羽織って食堂でネイサンを待った。
 食卓の上には、湯気を立てた焼きたてのパン、ちょうどよく溶けかけたバター、銀のエッグ・スタンドに乗ったゆで卵がお行儀よく並んでいる。

「ジャムもお持ちしましょうか、マージュ様? ちょうど昨日、料理人があまったイチヂクで作ったものがあります」
「ええ、ありがとう、ディクソン。イチヂクは大好きよ」

 うやうやしく給仕してくれる執事・ディクソンに、マージュは礼を言って微笑んだ。すぐに小皿に盛られたイチヂクのジャムが、小さな銀のスプーンとともにマージュの前に供される。

「ネイサン様は甘いものが苦手でいらっしゃるので」
 と、ディクソンは静かに言った。「長い間、こういったものはウェンストン・ホールの朝食には出ませんでしたが、マージュ様がおられる今、もっと女性が喜ぶような甘いものも用意しろと、言い付けられましてね」

 マージュは驚いて執事をまじまじと見つめた。

「言い付ける……? 誰が?」
「ネイサン様ですよ。他に誰がいるんです?」
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