氷と花
なぜかマージュは、その一連のネイサンの手の動きから目を離せないでいた。
骨っぽくて幅の広い、血管の浮き上がった男性的な手だ。フレドリックは普段から手袋をはめていることが多かったが、この人は違う。
ふと、右手の薬指の先に、インクの染みとささくれがあるのに気がついて、なんともいえない不思議な興奮がマージュの胸を駆け抜けた。
なぜだろう……マージュはその、仕事で汚れてささくれ立った手を取って、なにか慰めになることをしてあげたいと思った。石鹸で洗ってあげたり、爪を切ったり、口づけをしたり……。
「どうした、ミス・バイル?」
急に聞こえたネイサンの低い声に、マージュはもう少しで悲鳴を出してしまうところだった。
慌てて顔を上げると、いぶかしげな顔のネイサンが棒立ちしているマージュに批判的な視線を流している。恥ずかしくなって顔を背けると、マージュは急いで長椅子に向かおうとした。
しかし、緊張で震える手が、ネイサンから渡された書類を落としてしまう。何十枚もの紙が雪のように散り、木目の床の上に広がった。
「ご、ごめんなさい!」
鏡を見なくても、自分の顔が見るまに紅潮していくのが分かった。
不適切な妄想をしていたせいで、ネイサンの大切な書類を床にぶちまけてしまったのだ。たとえ彼にマージュの頭の中までは見えないにしても、なんと注意の足りない、頭の弱い女だと思われてしまっただろう。
──もちろん多分に、ネイサンはとっくの昔からそう思っているだろうし、それは事実と言っていいのかもしれないけれど。
骨っぽくて幅の広い、血管の浮き上がった男性的な手だ。フレドリックは普段から手袋をはめていることが多かったが、この人は違う。
ふと、右手の薬指の先に、インクの染みとささくれがあるのに気がついて、なんともいえない不思議な興奮がマージュの胸を駆け抜けた。
なぜだろう……マージュはその、仕事で汚れてささくれ立った手を取って、なにか慰めになることをしてあげたいと思った。石鹸で洗ってあげたり、爪を切ったり、口づけをしたり……。
「どうした、ミス・バイル?」
急に聞こえたネイサンの低い声に、マージュはもう少しで悲鳴を出してしまうところだった。
慌てて顔を上げると、いぶかしげな顔のネイサンが棒立ちしているマージュに批判的な視線を流している。恥ずかしくなって顔を背けると、マージュは急いで長椅子に向かおうとした。
しかし、緊張で震える手が、ネイサンから渡された書類を落としてしまう。何十枚もの紙が雪のように散り、木目の床の上に広がった。
「ご、ごめんなさい!」
鏡を見なくても、自分の顔が見るまに紅潮していくのが分かった。
不適切な妄想をしていたせいで、ネイサンの大切な書類を床にぶちまけてしまったのだ。たとえ彼にマージュの頭の中までは見えないにしても、なんと注意の足りない、頭の弱い女だと思われてしまっただろう。
──もちろん多分に、ネイサンはとっくの昔からそう思っているだろうし、それは事実と言っていいのかもしれないけれど。