氷と花
ふたりの男達の慣れたやり取りを、マージュはぼんやりと眺めていた。
ネイサンは執事の報告にテキパキと指示を出し、執事はそれを従順に聞いている……が、時には意見のようなものも言った。ネイサンは、それに慎重に耳を傾けている。傲慢な経営者が時にそうするであろうような、批判めいた物言いや軽蔑は、いっさいといっていいほどしない。
ディクソンもそれを当然のこととして受け答えしていた。
──マージュが彼のことを悪魔だと思っていると、ネイサンは考えている。
確かに、それは一理あった。
マージュはネイサンのことを恐れていて、彼の前で尻込みし、震え、まるで彼というサタンの前に差し出される生贄であるかのように振舞っている。
そもそも、フレドリックとの恋に破れたマージュはふさぎ込みがちで、悲観的で、あまり冷静になってものを考えることができなくなっていた……。よく考えてみると、そんなマージュの態度は、ネイサンに対してひどく不公平ではないだろうか?
彼は悪魔ではない。
冷たいけれど、そっけないけれど、マージュの窮地を助けてくれた恩人であり、未来の夫だ。
マージュは、年老いた執事と冷静にやり取りしているネイサンを、いままでとはすこし違う目で見つめた。
背後の窓から朝日を受けて、その長身を黒い上着に包んだ彼は、たしかにいわゆる友好的な明るい人物には見えない。彼の表情はいつも真剣で、背筋をぴんと張り、周囲になにか間違いはないかと、こと細かく計算している。
笑顔のようなものを見たことさえない。
それでも、彼は男性的な美しさを持った、たくましい偉丈夫だった。
マージュが見たことがないだけで、もしかしたら、時には優しく微笑むこともできるひとなのかもしれない。つまり……恋人や愛人だって、いたかもしれないのだ。
それなのに、フレドリックに捨てられたマージュを拾ってくれた。
「分かった。もう下がっていい、ディクソン」
ネイサンの声が聞こえて、マージュははっと我に返った。
盆を脇に抱えたディクソンが、また「失礼しました、マージュ様」と言って、目の前をすり抜け書斎から出ていく。後にはふたりと、まだ湯気のくゆるカップが残されていた。
ひとつは紅茶、もうひとつはコーヒーだった。
「たくさん仕事があるんですね」
感嘆のつもりで、マージュはささやいた。
「待たせてすまなかった。君は座っていてよかったんだ」
立ったままでいるマージュを、ネイサンは本当にすまなそうな顔をして見つめていた。ああ、確かに、本物の悪魔がこんな表情をできるはずがない。