氷と花

花の挑戦 〜 "Good question, Miss Byre"

 それから夜になるまで、マージュとネイサンが顔を合わせる機会はなかった。製綿工場はウェンストン・ホールに隣接していたから、昼食と夕食は屋敷で取ることもあるネイサンだったが、この日はどちらにも顔を出さなかった。
 食堂のすみにディクソンが控えている以外はひとりきりの夕食を取った後、マージュはおとなしく自室へ戻った。

 静かな部屋の中で、ひとり髪を梳いていると、寂しさと苛立ち、そして多くの疑問がマージュの中でどんどん膨らんでいく。
 ネイサンは故意にマージュを避けているのだろうか?
 決定的な確信があったわけではないが、どうしてもそんな気がしてならなかった。朝、最後に書斎で別れたネイサンが、わざとマージュと目を合わせるのを避けていたことを思い出す。
 目をそらし、見なかったことにして、通り過ぎるともう二度と振り返らない。まるで汚らわしいものに遭遇したような態度……。

 ネイサンはマージュに、またフレドリックを愛しているのか、と聞いた。
 それについてマージュは答えられなかった。
 ──もしかしたら彼は、他の男達と同じように、マージュの純潔を疑ったのだろうか?

 化粧台の上にくゆるランプの光を無言でながめながら、マージュはその可能性を考えて身震いした。それだけはどうしても耐えられない。
 彼の冷たい視線に耐えることはできる。そっけない態度を受け入れることもできる。
 でも、それだけは……。

 ブラシを化粧台の引き出しの中にしまったマージュは、目の前の鏡に映る自分をじっと見つめた。
 かつては幸せに溢れていた桃色のほおの娘が、いつのまにかすっかり青ざめ、生気のないくぼんだ瞳でぼんやりとたたずんでいる。
 マージュはたった二度だけ口づけを許した以外、フレドリックを受け入れたことはなかった。
 少なくとも肉体的には。
 それが当然に思えたのだ。実際に結婚するまで、純潔は守るべきだと思っていた。なんといってもマージュは宣教師のひとり娘で、そういった貞操観念はきちんと守って生きてきた。フレドリックだって、そんなマージュをかわいいと言って、長年尊重してくれていた。
 それなのに、最後の最後でマージュを裏切った理由は、「それ」だったのだ。

 そして今、できるなら心を通わせたいと願っている新しい婚約者には、ふしだらな女だと思われて無視されはじめている……。彼もダルトンの他の男達と同じように、マージュを汚れた女だと思っている。
 運命はどこまで皮肉なんだろう?

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