氷と花
マージュに事細かな知識はなかったが、それでもいくつか噂話から聞き知った断片的な見知から、ぼんやりとこの……突起が……これから自分の釈明したい事柄と関係があるのは分かった。
ネイサンはなにか、くぐもった声でマージュには聞き取れない単語を二、三、吐き出すようにつぶやいた。
「お願い、ミスター・ウェンストン……聞いて、ください」
気がつくとマージュの息も上がっていた。
震える声が、いやに艶っぽくて、まるで自分のものではないようにさえ聞こえる。
「わたし……きっと、あなたは誤解していると思って……説明したかったんです。その……フ」
と、言いかけ、次にフレドリックの名前を出したらどうなるかという、ネイサンの脅しを思い出した。具体的にどうなるのかまでは知らなくても、今、この場で起きてはいけないことだというのは理解できる。
「あ、あなたの弟との関係ついて……わたしは、」
「止めなさい。聞きたくない……」
ネイサンの声はまだ聞き取りにくかった。普段なら、彼の願いを無視するマージュではない。しかし、今は止められなくて続けた。
「きっと他の人達のように誤解しているんです。他の人ならいいわ。でも、ミスター・ウェンストン、あなたには知って欲しくて──」
「止めろ!」
マージュは、ネイサンがなりふり構わず叫び声を上げるのをはじめて聞いた。彼の怒声はきっと屋敷中に響いたはずだ。もしかしたらウィングレーンの街中かもしれない。
ふたりは息を荒げ合い、必死に見つめ合っていた。
マージュは懇願の瞳で。
ネイサンは……適切な言葉を見つけることができないほどの、不可解な感情に荒ぶった瞳で。
マージュの胸の中は混乱していた。ネイサンの懇願通り黙るべきか、それともたとえ怒鳴られても真実を伝えるべきか。そもそも、彼はなぜここまでマージュを止めたがるのだろう……?
「ミスター……」
すると突然、強烈な抱擁がマージュを包んだ。
息ができなくなるだけではない……心臓まで止まってしまいそうな激しい力で、全身を抱え込まれる。ネイサンの胸が鼻腔にすり寄せられた。今夜の彼は上着を着ていなかったから、シャツ一枚を隔てただけで肌の匂いを感じる。
ネイサンはマージュの髪の中にささやいた。
「知りたくない。知りたくない……どちらでも構わないから、このまま、ここに残ってくれ……短い夢だけを置いて、消えないでくれ……」
優しい声だった。
かき抱くように背中をまさぐられ、もう布切れ以外にありもしないふたりの距離をさらに埋めようとするかのように、引き寄せられる。こんな抱擁ははじめてだった。
こんなネイサンは知らなかった。
ネイサンはなにか、くぐもった声でマージュには聞き取れない単語を二、三、吐き出すようにつぶやいた。
「お願い、ミスター・ウェンストン……聞いて、ください」
気がつくとマージュの息も上がっていた。
震える声が、いやに艶っぽくて、まるで自分のものではないようにさえ聞こえる。
「わたし……きっと、あなたは誤解していると思って……説明したかったんです。その……フ」
と、言いかけ、次にフレドリックの名前を出したらどうなるかという、ネイサンの脅しを思い出した。具体的にどうなるのかまでは知らなくても、今、この場で起きてはいけないことだというのは理解できる。
「あ、あなたの弟との関係ついて……わたしは、」
「止めなさい。聞きたくない……」
ネイサンの声はまだ聞き取りにくかった。普段なら、彼の願いを無視するマージュではない。しかし、今は止められなくて続けた。
「きっと他の人達のように誤解しているんです。他の人ならいいわ。でも、ミスター・ウェンストン、あなたには知って欲しくて──」
「止めろ!」
マージュは、ネイサンがなりふり構わず叫び声を上げるのをはじめて聞いた。彼の怒声はきっと屋敷中に響いたはずだ。もしかしたらウィングレーンの街中かもしれない。
ふたりは息を荒げ合い、必死に見つめ合っていた。
マージュは懇願の瞳で。
ネイサンは……適切な言葉を見つけることができないほどの、不可解な感情に荒ぶった瞳で。
マージュの胸の中は混乱していた。ネイサンの懇願通り黙るべきか、それともたとえ怒鳴られても真実を伝えるべきか。そもそも、彼はなぜここまでマージュを止めたがるのだろう……?
「ミスター……」
すると突然、強烈な抱擁がマージュを包んだ。
息ができなくなるだけではない……心臓まで止まってしまいそうな激しい力で、全身を抱え込まれる。ネイサンの胸が鼻腔にすり寄せられた。今夜の彼は上着を着ていなかったから、シャツ一枚を隔てただけで肌の匂いを感じる。
ネイサンはマージュの髪の中にささやいた。
「知りたくない。知りたくない……どちらでも構わないから、このまま、ここに残ってくれ……短い夢だけを置いて、消えないでくれ……」
優しい声だった。
かき抱くように背中をまさぐられ、もう布切れ以外にありもしないふたりの距離をさらに埋めようとするかのように、引き寄せられる。こんな抱擁ははじめてだった。
こんなネイサンは知らなかった。