氷と花

冷たい婚約者 〜 "Indeed"

 誰もがマージョリー・バイルを一目見ると、なんと愛らしい娘だとか、目を奪われるような美しさだとか、そういった類の感嘆を漏らした。

 もちろん、マージュはそのすべてを真に受けるほど、ナイーブではない。

 多くは単なる社交辞令だろうし、そもそも容姿といったものは、両親から与えられたものであってマージュ本人が努力した結果ではないのだ。だから、いくら褒め言葉を受けてもマージュはおごらず、ただ軽く頭を下げて礼を言うにとどめていた。

 しかし、馬車の窓から見える景色を眺めながら、こういった社交辞令とネイサン・ウェンストンはまったく縁がないのだと、あらためて理解するに至いたった。

 ダルトンの牧歌的な風景は影を潜め、馬車の歩みが進むにつれ、空がかげって灰色になっていく。自然が減り、緑が消え、すべてが人工的な眺めに変わっていった。マージュはいつだってこの街に来ると、落ち着かない気分になったものだ。それはいまも変わらない。

 英国のもっと南の街……たとえばダルトンでは、大地は秋の実りにあふれ、色を変えた草木が香り高い風に乗って踊るように揺れ動いているところだろう。そこでは空は澄み切っていて、人々は人生を謳歌している。

 しかしウィングレーンはそうではなかった。
 林立する巨大な煙突からもうもうと灰色の煙が吐き出され、その分厚い煙が陽の光さえさえぎり、街全体を黄土色にかすめている。街を行く人々は必ずと言っていいほど、なにかに急き立てられるように駆け足で消えていった。ここには、散歩を楽しむ人間はあまりいないらしい。

 その横では、馬に引かれた押し車が、信じられないほど高く積まれた原綿のかたまりを乗せて、のろのろと石畳の道を進む。
 ウィングレーンは暗く冷たい産業の街だった。

 そう、ちょうど、ネイサン・ウェンストンそのひとのように。
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