氷と花
「あ……」
 そこ、は。
 ネイサンの指が、もどかしいほど優しくマージュの胸の(いただき)に触れた。

 薄い布越しにかすかな刺激が与えられただけなのに、体の隅々までが熱くなり、お腹の奥がうずき、全身が震えた。もしネイサンに今のマージュの表情が見えたら、彼はどう思うだろう。
 ネイサンはさらに、硬くふくらみ始めたマージュの胸の小さな突起を指でなでた。まず、寝間着の上に小さな円を描くように優しく……そして、じょじょに力を加え、刺激を強くする。

「ああ……! わ、わたし……わたし……」
 生まれてはじめての感覚だった。世界が崩れていく。ずっとマージュを悩ませていた悲しみも、孤独も、怒りも、すべてがネイサンの指の動きの前にとけていき、快感の波に変わった。

 どう答えればいいのだろう?
 どう受け入れるべきなのだろう?

 このままこの甘美な波に揺られて、ネイサン・ウェンストンが与えてくれる刺激に、身を委ねてもいいのだろうか……? しかし、暗闇は答えを与えてはくれない。聞こえるのはネイサンの荒い息づかいと、自分の嬌声だけだった。
 こんな声が出せるだなんて、知らなかった。

「ひうっ!」
 ネイサンが胸の頂を指でつまみ、同時にもうひとつの胸にかじりついた。かじり、ついたのだ。マージュの頭は真っ白になって、ひどく混乱した。こんなふうに……こんなふうにするなんて……夢でさえ見たことがない。

 年頃になる前に母親を亡くしているマージュに、男女の行為の神秘に関する知識は少なかった。
 ネイサンは片手でひとつの突起を愛撫し、もうひとつの突起を口にふくんで舌でゆっくりと舐め上げた。どちらも寝間着の布を通し、無知なマージュを困惑させるほどの快感を与えてくる。

「ミ、ミスター……」
 と、マージュが言いかけると、ネイサンはわずかに胸から口を離した。
「ネイサンだ。ネイサンと呼んでくれ」

 熱い吐息が胸にかかる。それだけ短く言うと、ネイサンはまたすぐにマージュの胸を口にふくんだ。マージュはふたたび快感に震え、ネイサンの肩に顔を預けながら、切れ切れになる息の合間にささやいた。
「ネイサン……」

 突然、ネイサンの両手が寝間着の襟元を激しくつかみ、そのまま一気に引き裂いていった。薄い布地は乾いた悲鳴のような音を立て、縦に破れて散っていく。
 闇の中に、まだ誰にも見せたことのないマージュの裸体が浮かんでいるはずだった。

 ネイサンの次の動きは見えない。
 たとえ見えたとしても、マージュはこれからはじまる世界のことを、なにも知らない。
 このまま彼に抱かれるのだろうか……。なぜ、マージュは抵抗しないのだろう。できないわけではないのに、どうしても体が言うことを聞かない。ネイサンの与えてくれる快感を、もっと欲しいとねだっている。
 夜の空気は冷たいはずなのに、マージュは寒さを感じなかった。

「奴は……君のどこに触れた……?」
 やっと聞き取れるくらいのかすれた低い声が、目の前に聞こえた。いつのまにか吐息がかかりそうなくらい近く、ネイサンの顔が迫っている。
 なにが変わるわけでもないのに、マージュは暗闇の中で目を閉じた。
「どこにも……触れていません。信じて。そのことを……どうしても伝えたかったの」
 数秒の沈黙の後、ネイサンは吐き出すように言った。

「それを信じろと?」
 ネイサンの声ににじむ怒りに、心がナイフを受けたように傷む。「君はずいぶんとうまくわたしを誘惑した。まるで小慣れた情婦のように」

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