氷と花
ゆっくりとマージュに向き直ったネイサンは、そのままじっと彼女を見つめていた。
灰色の瞳に浮かぶのは……なんだろう。渇望? なにかを願う切なる感情……恍惚……夢の中を歩いているような不確かさ。説明できない。
でもきっと、マージュも同じような瞳をしている。
やがて、ネイサンは大股で静かにマージュのベッドへ向かうと、その縁に腰掛けて肘を太ももに置き、両手を組んだ。
「フレドリックが君を裏切った理由は、それだったと言ったか? 君が、体を許さなかったからだ、と?」
今更ではあるが、マージュは恥ずかしくなって顔を赤らめた。
喉の奥になにかが詰まったような感じがして、声を出すのが難しく、マージュはただ首を縦に振った。途端にネイサンの表情が怒りを帯びていく。
ほとんど唇を動かさず、野犬のうなりのような声をネイサンは漏らした。「地獄の業火に焼かれるがいい」
「え」
「なんでもない。信じがたいことだ……許されることではない」
フレドリックに対するネイサンの断罪に、なぜかマージュはすこし心が軽くなるのを感じた。もしかしたら、ずっと、こんなふうに誰かに認めてもらいたかったのかもしれない。
マージュはまごつきながら前で手を結んだ。
「他にも理由があったのかもしれません。わたしにも悪いところが。でも……」
「君が罪悪感を感じることなどひとつもない。十年でも二十年でも、弟は待つべきだった」
闇にひそんで獲物を狩ろうとする鷹のような鋭い視線が、マージュを見すえている。しかし、その怒りの矛先がマージュでなくフレドリックであるのは、理解できた。
フレドリックの裏切りを、ネイサンは怒ってくれている。でも、その理由を考えると、マージュの心は沈んだ。
「そうすれば……あなたは、わたしと結婚する必要なんてなかったんですよね。ごめんなさい」
するとネイサンは、まるでマージュにほおを叩かれたような驚いた顔をして、続けた。
「そうすれば、君は傷つかずにすんだ。それだけだ」
「でも……」
「なにか勘違いしているようだが、わたしは君との結婚を、重荷だと……ましてや嫌悪する対象だと考えたことはない。わたしはただ……そういった種類の感情を表に出す種類の男ではないんだ」
灰色の瞳に浮かぶのは……なんだろう。渇望? なにかを願う切なる感情……恍惚……夢の中を歩いているような不確かさ。説明できない。
でもきっと、マージュも同じような瞳をしている。
やがて、ネイサンは大股で静かにマージュのベッドへ向かうと、その縁に腰掛けて肘を太ももに置き、両手を組んだ。
「フレドリックが君を裏切った理由は、それだったと言ったか? 君が、体を許さなかったからだ、と?」
今更ではあるが、マージュは恥ずかしくなって顔を赤らめた。
喉の奥になにかが詰まったような感じがして、声を出すのが難しく、マージュはただ首を縦に振った。途端にネイサンの表情が怒りを帯びていく。
ほとんど唇を動かさず、野犬のうなりのような声をネイサンは漏らした。「地獄の業火に焼かれるがいい」
「え」
「なんでもない。信じがたいことだ……許されることではない」
フレドリックに対するネイサンの断罪に、なぜかマージュはすこし心が軽くなるのを感じた。もしかしたら、ずっと、こんなふうに誰かに認めてもらいたかったのかもしれない。
マージュはまごつきながら前で手を結んだ。
「他にも理由があったのかもしれません。わたしにも悪いところが。でも……」
「君が罪悪感を感じることなどひとつもない。十年でも二十年でも、弟は待つべきだった」
闇にひそんで獲物を狩ろうとする鷹のような鋭い視線が、マージュを見すえている。しかし、その怒りの矛先がマージュでなくフレドリックであるのは、理解できた。
フレドリックの裏切りを、ネイサンは怒ってくれている。でも、その理由を考えると、マージュの心は沈んだ。
「そうすれば……あなたは、わたしと結婚する必要なんてなかったんですよね。ごめんなさい」
するとネイサンは、まるでマージュにほおを叩かれたような驚いた顔をして、続けた。
「そうすれば、君は傷つかずにすんだ。それだけだ」
「でも……」
「なにか勘違いしているようだが、わたしは君との結婚を、重荷だと……ましてや嫌悪する対象だと考えたことはない。わたしはただ……そういった種類の感情を表に出す種類の男ではないんだ」