氷と花
すると、ネイサンは唐突に立ち上がった。ベッドの均衡が崩れ、マージュの体が揺れる。大股で部屋を横切ったネイサンは、そのまま扉の前まで来て、出て行ってしまうかに見えた。
しかし、扉の取っ手に片手をかけたネイサンは、座ったままで呆然としているマージュを振り返ると、いつものけぶるような瞳でマージュをとらえる。
マージュの全身は金縛りにあったかのように動かなくなった。
「書斎で……わたしが君に触れるのを拒まなかったのは……そのせいだったのか?」
「え?」
マージュが聞き返すと、ネイサンはもっとゆっくりと、一語一語をはっきりと発音するように繰り返した。
「書斎で、君は、わたしが君に触れるのを拒まなかった。それは、わたしがフレドリックのように君を捨てるのを恐れたからか、それとも他に理由があるのか、知りたい」
言葉を失って口をぱくぱくと動かすマージュを、ネイサンは扉の横に立ったまま辛抱強く待っていた。マージュが答えるまで、動く気はないらしい。
あの暗闇での触れ合いを……あの感触を……思い出すだけでマージュの体は火照った。熱い口づけ。ネイサンの唇に与えられた生まれてはじめての快感。
そもそもあれは、マージュが彼にねだったものだ。
「いいえ……わたし……あなたに触れて欲しいと思ったの。とてもあなたが欲しくなって……だから、触ってと、おねがいしたんです。あなたはそれに応えてくれた」
もっとうまく、世慣れた答えをするべきかもしれない。でもマージュは、それ以外に説明のしようがなかった。
ネイサンは……しばらく呆然としていた。
唖然、と。
そして、いくらかの沈黙の後、
「マージョリー・バイル、君は覚悟をしておいた方がよさそうだ」
と、警告するような声色で言った。
「か、覚悟?」
「いや、本当に覚悟が必要なのは、わたしの方かもしれないがね……」
それだけぽつりとつぶやくと、ネイサンは最後に「おやすみ」と短く言い加えて、足早に部屋を出て行った。
ランプの中で燃える小さな炎が、ひとりで真っ赤になっているマージュを冷やかすかのように、小刻みに踊っていた。
しかし、扉の取っ手に片手をかけたネイサンは、座ったままで呆然としているマージュを振り返ると、いつものけぶるような瞳でマージュをとらえる。
マージュの全身は金縛りにあったかのように動かなくなった。
「書斎で……わたしが君に触れるのを拒まなかったのは……そのせいだったのか?」
「え?」
マージュが聞き返すと、ネイサンはもっとゆっくりと、一語一語をはっきりと発音するように繰り返した。
「書斎で、君は、わたしが君に触れるのを拒まなかった。それは、わたしがフレドリックのように君を捨てるのを恐れたからか、それとも他に理由があるのか、知りたい」
言葉を失って口をぱくぱくと動かすマージュを、ネイサンは扉の横に立ったまま辛抱強く待っていた。マージュが答えるまで、動く気はないらしい。
あの暗闇での触れ合いを……あの感触を……思い出すだけでマージュの体は火照った。熱い口づけ。ネイサンの唇に与えられた生まれてはじめての快感。
そもそもあれは、マージュが彼にねだったものだ。
「いいえ……わたし……あなたに触れて欲しいと思ったの。とてもあなたが欲しくなって……だから、触ってと、おねがいしたんです。あなたはそれに応えてくれた」
もっとうまく、世慣れた答えをするべきかもしれない。でもマージュは、それ以外に説明のしようがなかった。
ネイサンは……しばらく呆然としていた。
唖然、と。
そして、いくらかの沈黙の後、
「マージョリー・バイル、君は覚悟をしておいた方がよさそうだ」
と、警告するような声色で言った。
「か、覚悟?」
「いや、本当に覚悟が必要なのは、わたしの方かもしれないがね……」
それだけぽつりとつぶやくと、ネイサンは最後に「おやすみ」と短く言い加えて、足早に部屋を出て行った。
ランプの中で燃える小さな炎が、ひとりで真っ赤になっているマージュを冷やかすかのように、小刻みに踊っていた。