氷と花

幸せの予感 〜 "How should I call you, Miss Byre?"

 それからは毎日が驚きの連続だった。

 ウィングレーンは相変わらず灰色の厚い雲に覆われた陰鬱で落ち着かない街だったが、マージュはいつしか、この土地とネイサン・ウィンストンを重ねて落ち込むことをしなくなっていった。

 心を開いて見渡してみれば、この街にも美しい場所がいくらでもある。
 活気に満ちた朝の市場、労働者達が集まる食堂にあふれる笑い声、レンガ造りの近代的な建築物……。マージュは時間があると帽子をかぶって外を歩いた。ウィングレーンの街を知れば知るほど、ネイサンのひととなりを理解することができる。

 彼の堅実さは、ビジネスの地であるこの街の気質によく合っていた。
 あまり感情を表に出さないのに、その冷静な仮面の下にあくなき情熱を秘めているところも、さまざまな取引が行われるこの街を生き抜くのに適しているのだろう。
 結局のところ、ネイサンは努力家で、家業や家族を守るために身を砕いた結果、今のような男性になったのだと理解していった。

 そして、今も……。

 あれから、毎朝の習慣になった書斎での書類整理をしながら、マージュはそっと朝日を背に浴びるネイサンを盗み見ていた。すでに一週間、マージュは毎朝この仕事をしている。

 そして毎朝、ネイサンが仕事をする姿を眺めては、彼の新しい魅力に気がついた。
 彼は、詩に出てくる貴族的な英雄ではない。
 おのれの職務に忠実な経営者であり、目の前にある数字だけを信じる現実主義者であり、堅苦しいくらいに堅実な……婚約者だった。あの夜以来、マージュには指一本触れてこない。

 でも、こうしてマージュの存在をそばに置いてくれる。
 マージュが話しかければ会話に応じてくれたし、時々は、彼の方から話題を振ってくれることもあった。

 そして、今朝……。
 マージュはついに、繰り返されるこの朝の仕事について、問いただしてみるべきだという結論に達した。いくらなんでも、これ以上黙っているわけにはいかなかった。

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