氷と花
心に重おもりを乗せられたような、沈んだ気持ちで窓から視線を外すと、目の前に座っているネイサン・ウェンストンと目が合った。彼はにらむようにじっとマージュを見つめていて、その男性的なあごをきつく結んでいる。
マージュの心はますます落ち込んだ。
「もうすぐ着きますね、ミスター・ウェンストン」
誰かと目が合って、黙りこくっているほど無礼なことはない。マージュはやんわりと、あまり意味のない会話を始めようとした。「ここに来るのは本当に久しぶりです。小さい頃に何度か訪ねたきりだわ……お父様が、存命だったころに」
しかし、ネイサン・ウェンストンに無意味な会話を継続する意思はないらしかった。
「確かに」
という短い返事が返ってきて、馬車の中は再び沈黙に包まれた。
マージュは深いため息を吐き、ふたたび窓から見える陰鬱な景色に目を移した。
空を染める灰色の煙を見上げて、ああ、これはネイサン・ウェンストンの瞳の色だ、と思った。同じ兄弟でも、フレドリックの瞳は晴れ渡った空のような水色をしている。
ずっと我慢していた涙が、細い線となってマージュの左のほおに流れていった。見咎とがめられてはまずいと、すぐにハンカチを出して拭き取ったが、きっとネイサン・ウェンストンには見られてしまっただろう。
しかし、彼はなにも言わなかった。
慰めの言葉も、叱責もない。
当然だ……彼はネイサン・ウェンストンなのだから、馬鹿な小娘の失恋の涙などに心を動かされるはずがないのだ。彼の頭の中は、利益や、仕入れ高や、労働者への賃金といった問題で埋め尽くされている。きっと今ここでマージュが息を引き取っても、彼がまず考えるのは、葬儀屋への手配とその料金についてだろう。
マージュは彼を見ることができなかったから、たいして好きでもないウィングレーンの冷たい街景色をじっと見つめ続けた。
ただ、今だけは、ネイサン・ウェンストンの沈黙を少しありがたく感じた。本当は会話をしたいような気分ではなかったのだ。
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