氷と花
「まったく同じというわけではない。毎日、新しいものが入っている」
 ネイサンは憮然(ぶぜん)とした顔と声で答えた。
「ええ、そのせいで毎日余計に時間がかかります。でもなぜ、先日すでに整理したものまで混ぜて、まためちゃくちゃにする必要があるの?」

 非難しているつもりはなかった。
 いくら手間のかかる作業とはいえ、難しい仕事ではないし、長くなればそれだけネイサンといられる時間が増える。単純に疑問に思っただけだった。ネイサンは効率を重視する男で、この所業はまったく彼らしくない。
 しかしネイサンは、まるで乳母に悪戯を見つかった少年のようにマージュから目をそらし、肩を落としてため息をついた。

「君に余計な手間を取らせてしまったのは、申し訳なかった……」
 マージュまで申し訳ない気分になるような、うなだれた口調だった。

「あ、謝らないでください。わたしはただ……理由を知りたくて」
「わたしは自分勝手な男だ。それ以外に理由はない」
 書類を横にどけたネイサンは、椅子から立ち上がって背後にある大きな窓に顔と体を向けた。その日は珍しく太陽が顔をのぞかせ、部分的に晴れ間の見える爽やかな朝だった。朝日を浴びるネイサンの背中は、神々しいほど広くてたくましい。

「なぜですか?」
「なぜ?」

 ネイサンは皮肉っぽい口調で繰り返した。背を向けられているせいで、表情までは見えなかった。「君に一秒でも長くここに居て欲しかったからだ。分からないのか?」

 今度はマージュが神妙な顔をする番だった。
 ──分からないのか?

「わ、分かりません……」
 そして振り返ったネイサンは、さまざまな感情がないまぜになったような複雑な表情で、静かにマージュを見つめている。このネイサンの熱っぽい視線に、マージュはいつまでたっても慣れなかった。
 いつか慣れる気は……まったくもって、しない。
 そのくらい熱のこもった視線だった。

「食事の時以外に、わたしたちふたりが顔を合わせる機会はほとんどない……それは、わたしにとって、あまり……健康的ではない状況なんだ」

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