氷と花
 健康?
 マージュはネイサンが言葉の使い方を間違えたのかと思って、訂正するのを待ってみたが、彼は一切言い直さなかった。つまりネイサンは本気で、マージュと過ごす時間の長さが彼の健康に影響すると考えているのだ。

「だったら……おっしゃってくだされば、こんな複雑なことをしなくても、わたしはここに残ります」
「わたしは一緒にいて楽しい種類の男ではないよ、ミス・バイル。君はとっくにそのことに気がついているはずだ」
「だからこんな面倒なことをしたの? 用事がないと、わたしが退屈がってここを離れてしまうと思っているから?」
 すでに観念したのか、ネイサンはただ両肩をすくめてみせるだけだった。
 マージュは笑いを噛み殺しながら唇をとがらせた。

「お生憎(あいにく)さまね、ミスター・ウェンストン、わたしはこの仕事がなくてもここに居座りたいと思っているんだから……そんなことを言ったら、今度はわたしを追い出すのが大変になるわよ」

 それを聞いたネイサンのとろけるような微笑を……マージュは生涯忘れないだろう。
 大人の男性の力強さと、少年のようなはにかみ、ネイサンだけが持つ直実さ。そんなものが混ざり合った穏やかな顔で、マージュに向けて微笑んでいる。マージュだけに向けて。
 ときめきを感じない方がおかしかった。

「『ネイサン』だ」
 ネイサンはまずこの部分を指摘した。

「いいえ、『ミスター・ウェンストン』、あなたがわたしのことを苗字で呼び続ける限り、わたしも同じようにあなたを苗字で呼びます」
 負けじとマージュが言い返すと、ネイサンの微笑はさらに温かみを増した。
「では、どう呼べばいいのかな、『ミス・バイル』」

< 52 / 85 >

この作品をシェア

pagetop