氷と花
 ネイサンはわざとらしくならないように気をつけながら、短く咳払いをした。
「ほかに……情熱を捧げられるようなものがなかっただけだ」

 そう──君はずっと、フレドリックのものだったから。

 ネイサンは思い返し、自嘲気味に微笑んでいた。
 過去のネイサンにできたのは、せいぜい影で馬車馬のように働き、金を儲け、ダルトンの屋敷に豊富な仕送りを続けてマージュの生活が保障されるのを助けることくらいだった。
 あの浮世離れした弟が、身寄りのない──つまり持参金のない──マージュを妻に迎えるためには、それなりの金が必要だったのだ。今となっては笑い話だが……。

「教会へは行かないのですか?」
 日曜日の朝に当然の質問を、マージュはしてきた。ネイサンは首を横に振る。

「時々、人と会うために行くことはある以外は、滅多に行かないよ。わたしはあまり信心深い性格ではなくてね」
「そうですか……」

 うつむいて足元を見るマージュに、ネイサンは内心、まずいことを言ったかもしれないと後悔した。マージュは宣教師の娘で、結婚まで純潔を守ると固く決意しているはずで、滅多なことでは教会に顔を出さないようなならず者に心を開いてくれるとは考えづらい。
 せっかく温かみのあるものになってきたふたりの関係を、また冷やしてしまうかもしれないという恐れに、ネイサンは息苦しくなった。

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