氷と花
馬車がウェンストン・ホールと呼ばれるウェンストン家の屋敷の前にたどり着くと、正面玄関から白い髪をした老執事が現れて、足早に階段を駆け下りてきた。
「あれは……ディクソン?」
マージュは彼に見覚えがあって、懐かしさに感嘆をもらした。
子供のころ、父に連れられてやってきたこのウェンストン・ホールで、マージュ達を迎えてくれたのが彼だった。ただし当時、彼の頭はまだごま塩ソルト・アンド・ペッパーで、元の黒髪と白髪が混じった落ち着いた色合いだった。それが今はすっかり真っ白になっている。
ネイサンは答える代わりに身をかがめて席から立ち、馬車の扉を開いて、先に外へ出た。
「おかえりなさいませ、若旦那様」
外からディクソンの声が聞こえてくる。「思ったよりもずいぶんと早いおかえりで。フレドリック坊ちゃんのお式はいかがでしたか?」
「わたしには、結婚式などみな同じに見えるよ、ディクソン」
冷たい外気が吹き込んできて、マージュは思わず身震いした。外套の前身頃を片手でぎゅっと握りしめ、ひとりで外に出ようとすると、ネイサンが振り返ってマージュに降車を助ける手を差し出した。
マージュは一瞬、手袋をはめていないその手に、じっと見入ってしまった。
顔を上げると、無機質な灰色の瞳が、まばたきもせずマージュの顔を睨みつけている。マージュは息を呑み、ゆっくりと馬車を降りながらネイサンの手を取った。
地面にたどり着くと、何時間も馬車に揺られていたマージュは、不動の大地に足をもつれさせてしまった。ネイサンはそれをもう片方の手でしっかりと支えると、マージュをまっすぐに立たせる。
「ご、ごめんなさい……」
マージュは謝ったが、ネイサンはわずかに目を伏せる以外の反応を示さなかった。
すると、
「ウェンストン・ホールへようこそ、ミス・バイル」
にこやかに微笑んだディクソンが、手を胸元に置いてそう挨拶してくる。こそばゆく感じて、マージュも微笑み返した。