氷と花

ひとときの永遠 〜 "I do love you, too"

 玄関に現れた老執事・ディクソンは主人(あるじ)の不意の帰宅に驚いて瞳をしばたたいていたが、すっかり顔を紅潮させたマージュの姿を隣に見ると、なにかを納得したようだった。

「おかえりなさいませ」
 と、もごもご言いながら器用に目をそらし、ネイサンとマージュのために扉を開く。
 ネイサンは返事さえせず、マージュを抱えて二階へ上っていった。

 自室にたどり着くと、ネイサンはマージュをそっとベッドのふちに座らせた。ワインに酔ってしまったような、ぼうっとした熱さがマージュを包む。ネイサンはいつのまにか扉を閉め、カーテンを引き、マージュの前にひざまずいていた。

「やめたいなら、今のうちだ」
 優しさと激しさの混ざった、けぶるような声で問われる。「やめたからといって、わたしが君を裏切ることはない。だから怖がらなくていい……正直に、君がなにを欲しいのか言ってごらん」

 また体温が上がった。
 ネイサン。

 ネイサン・ウェンストン。血も涙もないビジネスマン──そんなふうに思って、彼を恐れていた自分が信じられない。彼はただすこし無骨なだけの、誠実で情熱的な男性だ。
 氷の仮面をかぶった優しい恋人……。

 マージュが手を触れると、ゆっくりその氷が溶けていくのを感じることができる。それは清涼で、心地よく、永遠に終わらないで欲しいと思えるような気持ちのいい感覚だった。
 ひざの上に乗せられたネイサンの手を取ったマージュは、まぶたを伏せて、その指先にそっと口づけをして静かに真実を告げた。

「わたしの気持ちは変わりません」
 ネイサンが深く息を呑むのが聞こえる。
「あなたと……ひとつになりたいの。わたしを愛してください。わたしはきっと……あなたのことが……好きだから」

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