氷と花
 いままで、マージュがネイサンをファーストネームを呼ぶと、彼はいつだって厳しい反応をした。息を呑み、ほおをこわばらせ、鋭い瞳でマージュを射抜いた。
 でも、いまは……。

 いま、顔を上げたネイサンが見せた表情を、マージュはずっと忘れないだろう。快感の余韻に肩で息をしながら、マージュは目を細めて、思った。
 これから先、ネイサンとの間につらいことが起きたら、この瞬間の彼の表情を思い出して乗り越えていく。そのくらい彼の微笑みは柔らかかった。甘く、愛情に満ちた笑顔が、マージュの緊張を溶かすほどの優しさで輝いている。

「わたしも君を愛してるよ」
 ネイサンは手で愛撫を続けながら、その合間に息継ぎをするようにささやいた。「もうずっと、覚えてもいない昔から……君だけを」

「そ……それは……きゃう……っ!」

 驚いて顔を上げようとするマージュを、ネイサンは親指と人差し指で胸の突起を揉みつぶすようにしてさえぎった。あまりの刺激に、マージュの全身が震える。お腹の奥のあたりに、感じたことのないうずきが広がっていく。

「ネ……ネイサン……」

 マージュは震える手でネイサンの黒髪の中に指を差し入れた。
 ネイサンの額には、うっすらと汗がにじんでいる。彼の口から漏れる荒い息がマージュの肌にかかった。まさかネイサンが、ここまで激しくなれる人だとは思わなかった。

 愛の営みは想像していたよりもずっと親密で、信頼と愛情に満ちた行為だった──ネイサンは心の内をすべてさらけ出してくれている。マージュも恥じらいを捨て、心を開いていく。ふたりの魂が混じり合う。

 ネイサンの腕がマージュの背をかき抱き、ふたりはいままで以上にぴったりと重なり合った。両足の付け根あたりに固い突起が押し付けられて、マージュは戸惑いにふるふると首を振る。

「大丈夫だ……。すぐには挿れないから」

 いれ、る?
 
 想像を超えるネイサンの言葉に、マージュは息を呑んだ。
 腹部にあたる彼のこの固いものを、マージュの体内に……「いれる」。それは愛情の究極の形で、なによりも心の底から信頼し合った相手としかできない神聖な行為なはずだ。

 それを、いまからふたりは交わし合う。

 でも、どうやって?

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