氷と花
ふたりが身支度を整えて朝食のために食堂へ下りていくと、必死で笑いをかみ殺しているような、奇妙な顔をしたディクソンに迎えられる。
「おはようございます。今朝は……お元気そうで、若旦那さま」
礼儀正しさを装っていたが、ディクソンの声はわずかにうわずっている。ネイサンは「ああ、おはよう」と短く答えただけで、それ以上なにも言わなかった。
「マージュ様も、おはようございます。昨日は……いかがでしたか。お疲れなのではないかと、心配していたのですよ。なんせネイサン様は……」
「ディクソン!」
ネイサンは、顔を真っ赤にして立ち尽くすしているマージュの肩を抱き寄せ、かばうように老執事の前に立つ。「さっさと朝食の用意をしてくれ。わたしの妻はひどく空腹なはずだ」
マージュと、ディクソンと、台所と食堂を行き来していた料理女が、いっせいに目を剥むいてネイサンを見た。
──妻。
自分の口が滑ったことに、ネイサンは後悔していなかった。声に出してしまうと、まるで何年も前からマージュが自分の婚約者であったような、あまりにも自然な愛情が膨らんでいく。
そうだ。そうだ。──わたしのものだ。
「聞き間違いではない」
と、驚きに目を見開いている三人に向かって、ネイサンは威厳を持った声で断言した。
「正式な結婚式はまだだが、マージュはもう実質的にわたしの妻だ。屋敷の者は全員、それ相応の敬意を持って彼女に接するようにしてくれ」
ディクソンは、なにかを隠すようにわざとらしい咳払いを数回した。
「了解いたしました。ウェンストン夫妻」
料理女は膝を曲げて敬礼し、そのまま逃げるように台所へ消えていった。
「ネイサン……」
喜びと戸惑いの混じったマージュの瞳が、ネイサンを見上げる。彼女の瞳の中に溺れるのは簡単だった。ひとりで叶わぬ想いに身を焦がしていた頃よりもずっと、愛しい。
「そういうわけだ、ウェンストン夫人。朝食にしようか」
ネイサンの微笑みに、マージュは愛くるしい笑顔で答えた。大きなはしばみ色の瞳に、涙がうっすらと浮かんでいる。
「ええ、ネイサン……。ミスター・ウェンストン」
「おはようございます。今朝は……お元気そうで、若旦那さま」
礼儀正しさを装っていたが、ディクソンの声はわずかにうわずっている。ネイサンは「ああ、おはよう」と短く答えただけで、それ以上なにも言わなかった。
「マージュ様も、おはようございます。昨日は……いかがでしたか。お疲れなのではないかと、心配していたのですよ。なんせネイサン様は……」
「ディクソン!」
ネイサンは、顔を真っ赤にして立ち尽くすしているマージュの肩を抱き寄せ、かばうように老執事の前に立つ。「さっさと朝食の用意をしてくれ。わたしの妻はひどく空腹なはずだ」
マージュと、ディクソンと、台所と食堂を行き来していた料理女が、いっせいに目を剥むいてネイサンを見た。
──妻。
自分の口が滑ったことに、ネイサンは後悔していなかった。声に出してしまうと、まるで何年も前からマージュが自分の婚約者であったような、あまりにも自然な愛情が膨らんでいく。
そうだ。そうだ。──わたしのものだ。
「聞き間違いではない」
と、驚きに目を見開いている三人に向かって、ネイサンは威厳を持った声で断言した。
「正式な結婚式はまだだが、マージュはもう実質的にわたしの妻だ。屋敷の者は全員、それ相応の敬意を持って彼女に接するようにしてくれ」
ディクソンは、なにかを隠すようにわざとらしい咳払いを数回した。
「了解いたしました。ウェンストン夫妻」
料理女は膝を曲げて敬礼し、そのまま逃げるように台所へ消えていった。
「ネイサン……」
喜びと戸惑いの混じったマージュの瞳が、ネイサンを見上げる。彼女の瞳の中に溺れるのは簡単だった。ひとりで叶わぬ想いに身を焦がしていた頃よりもずっと、愛しい。
「そういうわけだ、ウェンストン夫人。朝食にしようか」
ネイサンの微笑みに、マージュは愛くるしい笑顔で答えた。大きなはしばみ色の瞳に、涙がうっすらと浮かんでいる。
「ええ、ネイサン……。ミスター・ウェンストン」