氷と花

Two Unlike Brothers

 操業をはじめた工場を見回りながら、いつもなら機械が刻む騒音を心地よく感じて耳を澄ますネイサンだったが、その朝はそんな気分にはなれなかった。
 集まりはじめた従業員達が工場を歩き渡り、ある者は機嫌よく、またある者は気だるそうに、経営者(マスター)であるネイサンに挨拶をしていく。

 製綿機が回りだし、大小の原綿のくずがあたりにみぞれ雪のように舞いはじめた。
 小さいもの。大きいもの。
 舞い上がり、舞い落ち、降りだした新雪のように床を白く染める。

 蒸気仕掛けの機械は工場の中央に一列に並び、ひとならぬ力強い動きで綿生地を織っていった。
 手慣れた女の作業工が一機につきひとり付き、見習いの少女や少年がその手伝いをする。男達はおもに蒸気のためのかまどや、重い原綿の塊を搬入させる仕事に汗を流していた。

 ウェンストン製綿工場はウィングレーンでも一、二を争う規模を誇っていたが、同時にその堅実な経営方針でも知られていた。多くの新興成金や一部の貴族が手を出すリスクの高いスペキュレーション取引には関わったことがないし、これからもそのつもりはない。

 ネイサンは父の(おこ)したビジネスを軌道に乗せ、発展させたことに生き甲斐と誇りを感じていたが、あまり金銭には頓着していなかった。
 利益の多くは工場の整備や作業員の教育に投資した。そのおかげで、さらなる繁栄を得ることができたわけだが。

 たぶんネイサンは堅気に生まれついたのだ。
 父である故・ポール・ウェンストンもそれを見抜いていた。だから、陽気で移り気な性格の弟よりも、ネイサンに事業を任せ、最終的には残すことを選んだ。

 両親はフレドリックを目に入れても痛くないほど可愛がってはいたが、遅くにできた子でもあり、どちらかといえば愛玩具のような存在だったのだろうと思う。

 そのせいか、朗らかで外交的ではあるが、いつまでたっても幼いままの弟……それがネイサンにとってのフレドリックだった。十一年の歳の差もあり、兄弟は親しくはなかったが、兄として弟を慈しむ気持ちはあった。

 その弟が、最愛の女性を裏切るまでは──。

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