氷と花
 ネイサンの中で、なにかがぷつりと音を立てて切れた。
 力の限りに殴りつけてやろうと、弟に向けて大きく手を振りかぶった瞬間……。

「やめて! ネイサン!」
 背後からマージュの痛切な叫びが聞こえて、ふたりの男は声のした方向へ振り返った。ほおを赤らめ息を切らしたマージョリー・バイルが、必死に駆け寄ってくる。

「マージュ……」
 ネイサンの口は無意識に彼女の名前をささやいていた。

 工場の機械と、舞い散る原綿の白い雪のあいだを走るマージュはさならが救いの天使だった。同時にふたりの男を地獄の底に叩きつける芳しい毒だ……。甘美なる毒薬。

 ネイサンからの拘束が緩んだ途端に、フレドリックは手を振り払い、マージュの方へよろよろと近づいていった。

「ああ、マージュ……会いたかった! 僕を許してくれ……!」
 芝居がかった口調で大げさに両手を広げながら、ふらふらと元婚約者に向かって歩くフレドリックはまるで悲劇の英雄のようだった。そして殺意に息を荒くしたネイサンは、さしずめ恋人を引き離そうとするならず者……。

 しかし、マージュは差し出されたフレドリックの腕を取らなかった。
 ──ネイサンの手を取ったわけでも、なかったが。
 マージュはネイサンの前まで来ると、切ない顔をして兄弟の間に立った。

「お願い、ネイサン……。やめて。そんなことをする必要はないから……彼を傷つけないで」

 そしてマージュは、すぐ反論しようとしたネイサンを、首を振って留まらせた。ネイサンは固まり、フレドリックは期待に激しく胸を上下させている。

「すこしだけ、彼とふたりきりで話をさせて」
 悲しげなマージュの声が、ネイサンに向かってささやかれた。

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