氷と花
「マージュ?」
 自分のものとは思えないような乾いて震えた声が喉をついて出た。「君なのか?」
「はい」

 マージュは特に飾ったことは言わず、単純にそう答えた。
 ネイサンは息を吸おうとしたが、うまくいかなかった。これは……本当に幻なのか、それとも現実なのか?

「どうしてそんなに……驚いていらっしゃるんですか?」

 幻のマージュは首をかしげた。いや、違う。これは幻などではない。ネイサンは今度こそ声をあげて泣きたい気分になった。

「君は行ってしまったのかと思った」

 正直に情けない告白をすると、マージュはそんなネイサンの愚かさをも慈しむように、優しく微笑んだ。

「まさか。あなたの弟にはさようならを言いましたよ。聞いていなかったの?」
「『ミスター・ウェンストン』と呼んだだろう」
「ええ」
「わたしのことでは?」
 マージュは微笑んだまま首を横に振った。
「あなたのことは、もうネイサンと呼んでいるでしょう?」

 ふたりは無言で見つめ合った。言葉はなかったが、大きくて可愛らしいマージュのはしばみ色の瞳には、ネイサンが知りたいすべての答えが書いてあった。

君はここに残るのかい(ユー・ステイ・ウィズ・ミー)?」
 確かめたくて、ネイサンは最後に静かに訊いた。マージュの微笑みがさらに広がる。
もし、あなたが(オンリー・イフ・)受け入れてくれるなら(ユー・レット・ミー)

 答える代わりに、ネイサンはマージュの前に進み出て、奪うように彼女の体を抱き上げた。
 笑い声とも悲鳴とも取れるような短い声を漏らしたマージュは、ネイサンのするがままに抱きかかえられ、そして両腕で彼を抱き返し、涙の跡の残るほおになんども優しい口づけをした。
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