狂刀のヘンバー

当主の部屋に向う途中、アリアの部屋の扉が少し開いていた。悪いとは思うが、俺は少しだけ隙間から様子を伺う。
 
彼女は灯りもつけずに薄暗い部屋の床に座っていた。
そしてロザリオを片手に、お祈りをしながら泣いている。

何を祈っているのだろう。

当主の部屋に着き、ノックをしようと右手を軽くあげる。
だがドア越しから話し声が聞こえ、俺は耳を傾けた。

「コハがアリアに求婚してきただって? なんてやつだ!」

コハが?
アリアに求婚?

アリアの兄の声が聞こえる。
アルアング家の当主であるアリアの父親がそれを返した。

「汚らわしい暗殺者のくせになんということか。コハには死んでもらうしかない。始末はヘンバーに任せよう」

「父上。アリアにはなんと言うつもりですか?」

「あの子には教えてやらねばならない。貴族は貴族と結婚するのが道理だと。あいつらは溝川に住むネズミと同じ。何の価値もないとな」

「そうです。我々貴族に向かってあんな卑しい奴が結婚を申し込むなど、愚の骨頂。あいつらは黙って、我々の汚れ仕事を行っておけばいいのです」

何の...…価値も、ない?

俺は勢いよくドアを開けた。

その後からは、よく覚えていない。

覚えているのは、血塗れになった無残な2体の死体。俺はその壊れた玩具のように転がった屍を笑いながら踏みつけていた。

騒ぎを聞きつけ、コハが部屋へやってくる。
彼は青筋を立てて叫んだ。

「何をしてんのさ! ヘンバー!」

「なぁ、コハ。お前……いつから彼女と会っていた?」

コハは顔をこわばらせた。
まるで悪魔でも見るかのように。

「いつから結ばれていたんだ?」
「へ、ヘンバー……言わなくて悪かったよ。俺は彼女のために人を殺してた。彼女を愛していたから」

彼女のため?

「人を殺して……彼女を守る? 結ばれないのに? 俺たちにそんな資格はないのに? 彼女のためじゃない! 人を殺めなければならない理由を彼女に押しつけているだけだ!」
「ヘンバー! お前だってアリアを愛していたんじゃないのか!?」

俺は目を見開いた。
俺がアリアを愛していただと?

「お前だってずっとアリアを見ていたじゃないか! あの子のことが好きなのをわかっていたから俺は言わなかったんだ。愛する人のために人を殺さねばならない! お前もそれをわかってたはずだ! 彼女を失いたくないから! 彼女が傷つくのをみたくないから俺たちが代わりに汚れて……」

「あはははははは!!」

俺は高らかに笑った。
そして冷たく、凍るような目で静かに呟いた。

「俺たちに白い翼などない。あるのは血に染まった赤い翼。悪魔の翼。殺し屋なんだよ俺たちは。所詮人殺しは人殺しだ。人を殺すのに理由などない。理由を求めてはいけない。暗躍の子供たちの宿命なのだから!」

俺は自分の狂刀をコハに向けた。

「やめろヘンバー!」

「お前も気づけ、俺たちは汚れた人間なんだと」

「なんでそうなるんだよ!」

コハ。
お前は仲間だった。
でもな……

-――ザンッ!

俺はただ、自分の翼を洗い流して綺麗な、純粋な白に戻したかった。

できないとわかっているのに。

できないと、わかっているのに。

彼女のために人を殺していたんじゃない。

自分のためさ。

彼女のためなら、コハを殺さなかったさ。

所詮皆、エゴなんだ。

皆、白い翼が欲しいのだ……。

俺は背中にそっと触れ、見えない翼を確かめた。

仲間の死などたかが知れてる。

でも、心のどこかで別に殺さなくても良かったじゃないかという声がじわりじわりと俺に囁いてきた。

言い訳かもしれない。
何もかも思い通りになりゃしない。

背中が痛い。

俺達は昔からそうだった
ただ、思い通りになるのは人が死ぬときだけ。

俺達が人を殺すときだけだ。
< 4 / 6 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop