バッカスの女神様はオトコを知らない
「なるほど。それにしてもずいぶん、大胆に化けたもんだ。
でも、黒髪ですぐにわかったけど?」

黒髪の女神は意気消沈しているのか、うなだれきみに顔をそむけている。

「ここらではアンタみたいにジェットブラックで、まっすぐな髪は珍しいんだ」

「だから・・・」

ダニエルがデラシアの顔をのぞき込むように、接近した。

「他の男がすぐに目をつける。
今のアンタはシスターじゃないからな」

デラシアがぐいと横を向くと、ダニエルの大きな指で、あごをぐいと上にひかれた。

ダニエルの唇が、はふっと軽くデラシアの上唇を挟み込むように触れた。

ムグググ・・デラシアは歯をくいしばった。

「ああん、ダメだよ。軽く口を開けるんだ。
それから目は閉じて。緊張しないで、俺を感じて」

蜜蜂はダニエルだ。

蜜を求めて、野薔薇に来るのは自然の摂理だ。

抗うことができない・・・その瞬間に抱えていた酒瓶が滑り落ちた。

ゴロゴロ・・・ゴロゴロ

酒瓶は石畳を転がっていく。

「え・・?」

ダニエルの腕が緩んだので、デラシアはむんと腕に力を入れて押しのけ、走って逃げだした。

立ち上がったダニエルの手には・・・薄絹のショールが残されている。

「ははは、シスター・シンデレラ?
ガラスの靴ではなくて、絹のショールか。まるで抜け殻みたいだな・・」

ダニエルはショールを抱きしめて、すずらんの香りを深く胸に入れた。
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