【完全版】不遇な令嬢は次期組長の秘めたる溺愛に絡め取られる。
抱えるものがなくなったからなのか、意外に軽々と木の上から飛び降りた。
「助けてくれてありがとう!」
「いや」
もういいかと思って立ち去ろうとしたが、そいつは会話を続けた。
「私、美桜。あなたは?」
「は?」
「名前だよ」
「名乗ってどうする」
「もしかして名無しさん? 名前付けてあげようか?」
「そんなわけあるか!」
「あはは、冗談だよ。ちなみにこの子はまだ名無しなんだ」
美桜と名乗った女は、助けた猫を抱き上げた。
よく見るとまるまると太った三毛猫だった。
「あんたの猫じゃないのか?」
「違うよ。うちの近くをナワバリにしてるだけ」
美桜が猫を下ろすと、のしのしと歩いて行ってしまった。
あの体型で野良猫ということは、色んな家でエサをもらっているのだろう。
うちの組の動物好きな連中がたまにエサをやっているのを見たことがある。
「じゃあね〜ワガハイ」
「ワガハイ?」
「あの子の名前」
「なんだそれ」
「ワガハイは猫である〜ってね」
ペロと舌を出し、おどけた笑顔を浮かべる美桜。
「で、あなたの名前は?」
「……しつこいな」
「教えてくれないなら勝手に呼ぶけど」
「……と」
「ん?」
「吉野和仁」
「和くんかぁ! よろしくね!」
はっきり言って美桜の第一印象は、“なんだこの女”だった。