華道の獅子は甘く初花を愛でる

7 薔薇の思い出

お風呂から上がった風早さんは若草色の浴衣に着替えていた。
私も浴衣を受け取ってお風呂に向かった。

浴室に入ると、(ひのき)の浴槽に薔薇の花と花びらがこれでもか、と言う程散りばめられていた。

これ…
風早さんが…?

私は薔薇の香りのするお風呂で心身共に癒され、そして、桃色の浴衣に着替えて部屋に戻った。

すると、既に一組の布団が畳の上に敷いてあった。

「こちらへ、初花。」

風早さんは布団の上であぐらをかき、私を呼んだ。

「は、は、はいっ…!」

私は緊張で声が裏返った。

風早さんは面白そうに笑っている。

「期待に沿えなくて悪いが、今日はお前を抱く気は無い。」

笑いながら風早さんはそう言った。

「え…
でも…?」

戸惑う私に風早さんはこう言った。

「少し俺の話を聞いてほしいんだ。
さぁ、こっちへ来い。」

私は恐る恐る風早さんの元に歩いた。

風早さんは私が布団の上に乗ると、私を押し倒した。

「う、う、嘘つきっ! 
さっき抱かないと…!」

「嘘などついてない。
俺の隣で眠って欲しいだけだ。」

風早さんは、私の隣に横になった。
そして、静かに語り出した。

「俺はな、妾の子供なんだ…」

「妾…の子供…?」

私は反芻するように呟く。

「そうだ、俺の父親は確かにこの風早家の家元だった。
だが、俺は、その父親が浮気した相手の子供だ。

母親の名前は凛と言った。
その名の通り凛とした人だったと思う。
母は、妻子持ちである事を知りながら、俺の父親、つまり風早流の家元と激しい恋に落ちた。

母は最期まで父を愛していたし、父もまた俺の母を愛していた。
だが、母は死んだ。
正妻である義理の母や近所の人に妬まれ、執拗に嫌がらせされ、元々弱い身体を壊したんだ。

俺は、母の志を継ぎ、父の期待に応える事を心に決めた。
それから、寝る間も惜しんで華道の勉強をした。

コンクールがあると聞いては何十ものコンクールに応募し、俺は最優秀賞をかっさらっていった。

そして、俺はこの家の正当なる後継者になったんだ。
正妻の子供、つまり義理の兄さえ俺の才能には及ばなかった。

だが、俺がこの地位を得るために、どれだけ血の吐くような努力をしたか…
それは誰にもわからないだろう。」

風早さんは言った。

「…………」

私はそれを聞き、何も言う事ができなかった。

「初花、お前は母に似ている。
最初に会って腕を掴まれた時、初花からは母が1番好きだった薔薇の花の香りがした。
薔薇が1番好きだと初花から聞いて、正直さらに戸惑った。

だから、お前は抱けない…」

風早さんは言った。

「良いんです…
私は助けて貰えただけで…
感謝しています。」

嘘だ。
初めて会った人なのに、私は既に彼に惹かれていた。
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