レディキラーを君に
『レディキラーを君に』
ビトゥイーン ザ シーツ
そのBARは目抜き通りから3本ほど小道を入った場所にある。
そう大きくもないけれど洋館っぽい可愛いつくりをした一軒家の、その1階部分を店舗に改装した路面店だ。
店の名前はない。いや、あるのかもしれないけれど目立ったところに店名の表記はない。ただ丸い板の看板が軒下にぶら下がっているだけだ。素っ気なく、それでいて妙に洒落た字体で「BAR」と書かれた看板だ。
恐らく、なんとなくこの駅に降りただけの人にこの店は見つけられないだろう。いっそのこと、住んでいても近くを通ることがなければ気づかないくらい、本当にさりげなく周囲の民家に同化した店だ。
そしてその、知る人ぞ知るというところがまた、私の優越感をくすぐるのだ。いやきっと、ここに通う人はみんなそうだ。『この店を知っていること』そのものに優越感を覚える。
私がこの店を知ったのも、単純に近所に引っ越してきたからだった。帰り道にぼんやりと照明に照らされた看板を見つけたのだ。
それまでBARなんて敷居が高くて行ったことはなかったのだけれど、せっかく家の近くにあるのなら、誰かにバレることもないし、1回くらい行ってみてもいいかな、なんて思ったのが初めてお店に入ったきっかけだった。
重厚感のある木の扉を開く。来客を告げるベルなどという無粋なものはない。ただマスターと目が合って少しお辞儀をする。それだけだ。薄暗い照明の店内には5席のカウンターしかない。大抵の場合は2,3人客がいるのだけれど、今日は誰もいなかった。2段だけの階段を下りて、左端の席が私のお気に入りだ。
しっかりとクッションがきいたカウンターチェアに座る。
「いらっしゃいませ」
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