レディキラーを君に

炊飯器からご飯ももらい、温かいシチューでしっかりお腹を満たした私は着替えてメイクをしていた。


ちなみにシチューはすごく濃厚で、鶏肉と野菜の出汁がよく出ていて、ほっぺたが落ちそうなくらいおいしかった。実はコンロの上の鍋にまだ入ってるの見つけたんだけど、もしかしたら戻ってきた肇さんのお夜食分かもしれないしおかわりは我慢した。でももし彼が上に戻ってきて食べるんだったら一口だけくれないかな、とか欲張りなことを考えてはいる。

それくらい美味しかった。


恋人に会いに行くためにするメイクは、たまらなくうきうきする。
丁寧にいつもの赤いリップを塗って、軽くティッシュで押さえた。



『準備できたから行ってもいい?』



メッセージを送ると、すぐに返事が返ってくる。



『待ってる

バックヤードから来て』



バックヤードからお店へ入るだなんて、なんだか少しだけ悪いことをしているような、いたずらを仕掛けようとしているような胸の高鳴りを抑え、私はヒールを引っかけて玄関を出た。


階段を下りつつ、昨日、貪るようなキスをしながら(もつ)れるようにしてこの階段を登ったことを思い出してしまって、じわりと下腹部が疼く。それに気づかない振りをして、とんとんとん、と軽い音を立てながら階段を降り切った。


バックヤードはお酒の在庫が整理して並べられている以外は、休憩用にかパイプイスが一脚と小さいテーブルがあるくらいだ。でもそもそも広くないので片付けられていても結構手狭な雰囲気だ。

そんなバックヤードも通過して、お店との出入口の前に立つ。服が捲れてたりしないよな、とちょっと確認しつつ、トントン、とノックする。


すぐに足音が近づいてきて、軽い音を立て扉が開いた。

いつもの黒いベストをきっちり着こなした肇さんが、柔らかい笑顔で私を迎え入れた。その、カウンターの向こう側にいたときは見たことがなかった表情にまたドキっと胸が高鳴る。



「おはよう」


もう22時を回っているというのに、妙な挨拶だ。


「おはよう」


それがちょっとおかしくて、私も小さく笑いながら挨拶を返した。


彼は、カウンターと店内を仕切る扉を開けてくれて、私のお気に入りの席に置いていた「ご予約席」のプレートを取り払う。席を取っててくれたことに、またきゅんとしてしまった。
だめだ、やっぱり心不全起こしそう。


店内には夫婦かな?という感じの50代くらいの男女と、40代くらいの男性が一人いた。でもそれぞれ、自分たちの世界を楽しんでいるようだし、特に視線が交わるようなこともなく、私も黙って席に座った。



「何がいい?」

「ん-と、柑橘系であんまり強すぎないやつ」

「ソルティドックとか?」

「グラスに塩くっついてるやつ?」

「そうそう」

「じゃあ、それで」



お酒が決まると、彼は笑ってちょっとふざけた感じで「かしこまりました」というとお酒を作りに私から離れていった。



私はいつものように頬杖を突きながら、のんびり彼の方を見る。もうすでに両想いなんだし、その、最後までシちゃってるし、見てるのも隠さなくていいかなと開き直って、思いっきり観察した。


黒いベストとズボンを着て、姿勢よく立ってドリンクを作っている彼はいくら見てても見飽きない。真剣な表情の横顔とかたまらん。マドラーでちょっとだけお酒を手の甲に垂らして味見するのとか、もうドキドキしてヤバイ。

ドキドキしてくると、昨日ここで、この席で、このカウンターに押し倒され、蕩けるようなキスをしたことをまざまざと思い出してしまう。また下腹部が疼いてしまう。熱い吐息が漏れそうになるのを押し殺して、そっと彼から視線を外した。

いい加減にしてよ、私。これじゃあ痴女だ。

だめだこんなの。

ずっと見てたら変なことしか考えられなくなりそう。



コト―――



目の前にコースターが置かれ、低めのグラスがその上に置かれた。グラスの淵には塩がついている。私でも知っている、割と定番なお酒だ。



「どうぞ。ソルティドックです」



マスター然とした雰囲気で彼がお酒の名前を口にする。



「お水もいる?」



マスターをしてる肇さんはやっぱりかっこよすぎて、もう言葉もうまく出てこなくて。だから、何度もうなずくくらいしか、意思を表現する方法を思いつかなかった。



多分私は真っ赤になっているんだと思う。頬が熱い。何なら首のあたりまで熱い。肇さんは私を見て、ちょっとだけ妖しい雰囲気の笑みを浮かべると「待ってて」と流しの方に戻っていった。



も~~~~っ!こんなの本当に心臓もたない。



でもじゃあ上に戻るかって聞かれると、そんなつもりにもなれない。だって一緒にいたい。心臓もちそうにないけどマスターしてる肇さん見てたい。好き。



「お冷、ここに置くね。退屈したり疲れちゃったらいつでも戻っていいから、その時は言ってね」

「うん。ありがとう」



肇さんが優しすぎてどうしていいかわからない。恋がしんどい。胸が張り裂けそうで、みぞおちがずっと引き絞られているようで。片想いをして見つめているだけの時よりも、ずっと苦しい。でもやめられそうにもない。ああでも、どうか、心臓痛いからもう勘弁してほしい。


思考をショートさせつつ、作ってもらったソルティドックを飲んだ。

うん。おいしい。

グレープフルーツの爽やかさが口の中に広がった。



後味の癖になる苦みを感じながら、ちらりと彼を盗み見る。

シェイカーを振っているから、他のお客さんから注文が入ったのだろう。シェイカー振ってるのすんごいかっこいいんだよなぁ・・・。私も後でシェイカー使うお酒頼もう。ちろりとグラスの淵を舐めると、じんわり舌が塩味に侵されて、舌に残った苦みが消されていく。



それからしばらく。

私はゆっくりとお酒を楽しみながら、肇さんを観察する最高に楽しくて幸せな時間を過ごしたのだった。




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