レディキラーを君に
マスターがちょうどいい温度のおしぼりを広げて渡してくれた。
「ありがとうございます」
そうお礼を言うと「お疲れさまでした」と言ってちょっとだけ笑って返してくれた。
手を清めて心持すっきりして、私はいつもとは違った注文をした。
「甘くてキツイのください」
そう頼めば、彼はちょっと驚いたように眉を上げ、それから肩をすくめて「かしこまりました」と返した。
今日は、ちょっと仕事で事故があったのだ。
誰が悪いというよりは、各々が各々で些細な認識のズレがあったせいというか・・・自分にもしっかり反省点があるけれど、自分一人が悪いわけでもない、そんな事故。『みんなで反省して今後に生かしましょう』となったのはよかったのだが、結局一番遅くまで事故対応に追われることになったのは私だった。
これに関しても、単純に私の担当してるところにたまたまた比重が偏ってしまったというだけで、別に職場の人たちが意地悪とかそういうことではない。
致し方ない。運が悪かった。ただそれだけだ。
でもそれ故に、モヤモヤしてるのに発散のしようもなく、感情のはけ口にキツめのアルコールを求めた。
これもまた、致し方のないことだ。
厚みのある一枚板のカウンターテーブルに突っ伏す。顔を横に傾けてカクテルを作るマスターを盗み見た。
20代後半・・・30代前半かも。年は聞いたことがない。
髪は黒くて、短め。清潔感がある。はっと目を見張るような美男子ってことはないけれど、涼やかな目元が印象的な顔つきだ。たまにする伏し目がちの流し目の色気が好きだ。少なくとも私に対しては破壊力抜群だ。
あんまり大きい声で笑ったりするタイプじゃないけれど、表情が乏しいということもない。ちょっと気の利いた冗談をいうユーモアだってある。なんというか、静かに感情を表現する人だ。制服効果なのか、薄暗い照明の効果なのか、いっそ仕事をしている男はかっこいいというやつなのか・・・この席から眺める彼はとにかく素敵でたまらない。
この店は彼がひとりでやっているのだと、初めて来店した日に聞いた。
マスターと呼ぶには若すぎるのだが、もうその呼び方に慣れてしまった。初めて来たときはまさか彼がマスターだなんて思わなかったのに不思議なものだ。小さいお店なのにアルバイトを雇えるくらい繁盛してるんだ、なんて、見当違いな関心の仕方をした覚えがある。