レディキラーを君に
「どうぞ。アレキサンダーです」
厚手の紙コースターが敷かれ、そこにカクテルグラスが置かれる。カクテルは薄茶色をしていて、ふわりとチョコレートの香りがした。
「それ、レディキラーって呼ばれてるくらい強いから、ゆっくり飲んでくださいね」
「はい、いただきます」
「召し上がれ」
ちょっと一口飲んでみる。
濃厚な甘さとチョコレートの香りがふわっと口の中に広がって、なんだかチョコレートムースでも食べたような、そんなデザートみたいなカクテルだった。
「おいし・・・」
思わずつぶやいて、もう一口飲む。
疲れた心身に甘さが染み渡った。
強いアルコール感は全然感じられなくて、びっくりするほど飲みやすい。
一気に飲んでしまいたい衝動をどうにか堪え、一度グラスを置く。
そしてまた、へにょっとテーブルに突っ伏して、ちらりとマスターの様子をうかがう。使ったシェイカーを洗っている彼は、腕まくりをしていて、いつもは見えない腕の部分になんだかきゅんとした。
――――彼女とか・・・いるのかな。
いやむしろ家があるわけだし結婚してたり?
でも、指輪はつけてないしな・・・最近はつけない人も結構いるなんて聞くからあんまりアテにはならないけど・・・。
そう。いい年して、私は絶賛片思い中だ。鳩尾のあたりをぎゅぅっと引き絞られるような、苦しいのにクセになる、そんな恋をしている。
いっそバレてしまわないかな・・・いやいっそ、もうバレていて、気づいてないフリをされてたりするのかな・・・。
このお店へ来る前は、絶対に駅のトイレで化粧を直す。暗い店内でもわかるように明るめの赤いリップを引くのだ。
普通のOLが毎日通い詰められるほどBARのお酒は安くない。だからなるべく混んでない月曜日か火曜日の夜、あとはこうしてひどく疲れてしまった日に。私はこうしてこのお店に寄る。
自分で言うのもあれだけれど、そんなに話すのが得意な方でもなくて、だからマスターである彼にどんどん話しかけられるわけもなくて・・・。
だから、お店に来たってかわす言葉はほとんどない。まれに雑談する日もあるけれど、そんな日は帰ってからベットの上で枕を抱えて悶えているような、そんなレベルだ。
せっかく、二人きりなのに。このバーカウンターの向こう側はひどく遠い。
知らずため息を溢しながら、上体を持ち上げてまたカクテルを一口。
これ本当に美味しいな・・・なんだっけ。カクテルグラスを持つ彼のきれいな指先ばっかり見ていて、名前全然聞いてなかった。チョコレートのヤツって言ったらまた作ってくれるかな。