レディキラーを君に
洗い物を終えた彼が、袖を直し、こちらに寄って来る。
ドキッとして、でもそれを悟られたくなくて、私は意識してゆっくりとカクテルをもう一口飲んだ。
正面に立った彼が、後ろのお酒を並べた棚に軽くもたれて私を見た。
目が合って、さっきよりも強くドキっと鼓動が跳ねる。
どうか。どうか顔が赤くなったりしていませんように。
何でもないように装って、彼を見返した。
つ、と視線を外したのは彼だ。その視線は入口へと向かう。
「雨、降ってきちゃいましたね」
そういわれてみると、確かに静かなジャズミュージックのその後ろに、しとしとと湿った音が潜んでいた。
「本当だ・・・今夜雨だったんだ」
――――天気予報、見てなかったや。
折り畳み傘を常備しているタイプでもなくて、残念ながら濡れて帰ることは確実だ。
マジかぁ・・・はぁ。
思わず深いため息をつく。
今日はとことんツイてないらしい。いやでも、マスターと二人きりになれたのは相当ツイてたからいっそプラマイ0なのかもしれない。
やっぱりアルコールが強いというのは本当だったみたいで、どうも首のあたりがじん、としびれていて、ため息の呼気が熱い。
カタン
彼はおもむろにカウンターから出てくると、私の横を素通りして入口に向かった。唐突なその動きに驚きつつ、彼を目で追う。どうしたんだろう?
入口を薄く開け、どうやら雨模様を確認しているらしい。後姿を見るのはなんだかレアで、しっかり脳裏に焼き付ける。姿勢いいんだよなぁ・・・かっこいいなぁ・・・。
カチャッ
―――・・・ぱちんっ
鍵のかかる音、それから電気のスイッチの音。
室内の照明は変わらなかったから、恐らくは外の照明を消したのだろう。
行動の意味がよくわからず、混乱する。
何で鍵をかけたんだろう。まだ私いるのに・・・遠回しに帰れってことかな・・・それとも、誘われたりして・・・なんて。ふふふっまさかそんなわけないか。
こちらへ戻ってきながら、彼はサロンエプロンを解いて外し、カウンターの中に戻るころにはきれいにたたみ終わっていた。今日はもう店仕舞いみたいだ。
なら帰らないとかな。
せっかくの二人きりをもうすこし堪能したかったので残念だけど、この店の店主が決めたのだから仕方がない。カクテルグラスをくるりと揺らして、寂しさを紛らわした。