レディキラーを君に
彼はたまに立ち上がっては、おつまみのナッツやチョコを持ってきたり、お酒を継ぎ足したり、お水をくれたり、あとは私にもう一杯同じカクテルを作ってくれたり・・・甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。それがまた堪らなく嬉しくて嬉しくて、夢じゃないか心配でたまに腕をつねって痛覚を確認したくらいだ。
どのくらいそうしておしゃべりに興じていたのだろう・・・。
なんせ来客も終電も気にしなくていいものだから、スマホすらいじらないでひたすらこの素敵な時間に浸っていた。それでもそろそろ一区切りしなくては。
「ごめんなさい、ちょっとお手洗いに」
そう言って立ち上がったのだが―――・・・
かくんっ
「ぁっ!?」
「おっと」
膝から下にまるで力が入らない。
「あ、れ・・・?」
肘をつかまれて転ばずに済んだけれど、一人でうまく立ち上がれない。なんだか地面が揺れてる。
今までちゃんと話していたはずなのに、頭だってハッキリしていたのに、立った瞬間に全部が崩れた感覚だった。
嗚呼・・・なんか、世界が回ってて・・・ふわふわする・・・。
「いちむらしゃん・・・わたし・・・ちゃんと立てます・・・」
「そう?でも折角だから、こっちにおいでよ」
立ち上がった壱村さんに引き寄せられて、ぽすん、と彼の胸に飛び込む。
とくとくとく、と存外早い鼓動が聞こえてきた。私とおんなじくらい。それがなんだかおかしくて嬉しくて、へらっと笑って彼を見上げた。
「っ・・・、ズルくない?」
「え?」
薄暗い照明のもとでもわかるくらい赤くなった壱村さんは、ぽそっとつぶやくと私の腰に腕を絡めてさらに体を密着させた。
腰に回ったのとは反対の手で後頭部を捕まえられる。体が反転して、カウンターテーブルに上体を押し倒され、鼻と鼻が触れ合うような距離感で視線を捕らえられた。
目が離せない。
あらぬところがきゅんっとすくんでしまって、腰がびくりと跳ねた。
「っ、は、ぁ・・・・壱村、さっ」
もうだめだ。たぶん死ぬ。
心臓が、これ以上早く動いたら破裂しそう。呼吸が早くなってしまうのを知られたくなくて息を止めた。
「ねえ、キスしてもいい?」
その囁きを発した、湿った呼気が私の唇を撫でていく。
それにぞわっと産毛が逆立つような快感と興奮を覚えた。
ああどうしよう。どうしよう。
キスしたい。
すごくしたいけどでも今キスしたら―――キスしたい
絶対戻れない お客さんとマスターに戻れなく―――キスしたい
なっちゃう でもそれを望んでて でもこれ一回で―――キスしたい
終わっちゃう? ああでも だって こんなの 我慢できない―――キス
「したい」
私の、声にもならない吐息のようなその言葉に、彼はすぐさま反応した。まるで「よし」と言われた犬のように、飢えた狼みたいに、がぶりと私の唇に食らいついた。
「んっふ、ぁ・・・ぅ!?んぅ」
息が続かなくて口を開いたその隙間から、ぬろりと舌が滑り込む。早すぎる展開に、びっくりして押し返そうとした手はしかし、彼に上体を押し付けられて動きを封じられてしまう。
熱い唇も、舌の感触も、身動きが取れない無理な体制も、全部全部私の興奮を高めてしまって、頭がくらくらして、お腹の底がはしたなく反応してしまう。
「はっ・・・ぁっ・・・・はぁっ・・・んっ、はっ」
唇が離れてもだらしなく開いた口を閉じられない。