これが一生に一度きりの恋ならば

最悪な出来事



石垣藍(いしがきらん)美坂(みさか)あやか 祝 クラス初カップル誕生!』


 最悪……、というのはまさにこのことを言うのだろう。



 ――高校に入学してから4ヶ月目の7月上旬。
 私が在籍している1年5組の教室の中に足を一歩踏み入れた瞬間、地獄の光景が待っていた。
 黒板には、赤や青や黄色や白のチョークを使って私たちの交際を祝福する文字が書かれている。

「な……ぜ……」

 たしかにその通り、昨日から石垣くんと交際している。
 でも、この現実が受け入れられない。
 なぜなら私自身がこの交際を認めていないのだから。

 想定外のシュチュエーションに呆然としていると……。

 パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!!

「うわぁぁぁ! あやか、おめでとう!! ずるいよ〜、石垣とカップルになったことを内緒にしてるなんて!」
「美坂、やるじゃん! マジでお前たちの関係気づかなかったよ」
「あやかと石垣くんがこのクラスの第一号カップルだねぇ〜」

 耳鳴りがするほどの爆音クラッカーに、ひらひらと目の前に舞うカラフルな紙吹雪。
 ドミノ倒しのように笑顔で詰め寄ってくるクラスメイトに、複数人の拍手。
 右に、左に……。
 まるでいまから挙式でも始まるのかと思うくらい歓喜の声。

 私は勢いに負けてカバンを握りしめたまま後ずさる。

「どうしてみんながそれを……」

 動揺していると、石垣くんの親友の坂巻雷斗(さかまきらいと)くんが私の肩にポンッと手を乗せた。

「昨日から藍と付き合い始めたんだって? 隠さなくてもクラスのみ〜んなにバレてるよ」
「えぇっ?! あっ、あのっ!! それはね……」
「おめでとう! やったな!! お幸せに!」

 彼はニヤケたままハイタッチを求めてきたので、私は表情が曇ったままゆるいハイタッチをする。
 すると、その横に渦中の人物が現れて私の肩を抱いた。

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっ! 離れろって。相手がお前でも美坂に手ぇ出したら許さないからな」
「おぉ〜、怖っ! わかってるって!」
「クラスのみんなも美坂に手ぇ出すなよ〜。俺ら付き合ってるからぁ!」
「……」

 そこに私の気持ちなど挟まれない。
 ってか、これが本当に好きな人なら100%嬉しかったはず……なのに。
 実は昨日大変なミスを犯してしまった。


 ――ことの発端は、昨日の5時間目終了後。
 私は人影が薄いクラスの下駄箱前で、胸に一通のラブレターを抱えて彼の下駄箱番号を指で探す。

「1509。うん、間違いない! 1509!」

 ちなみにラブレターを渡す相手は石垣くんではない。
 私の片想い相手は梶大喜(かじだいき)くん。
 今日は告白しようと思って彼の下駄箱にラブレターを入れようとしていた。

 そんな中、玄関の向こうから女子集団の声がしたので、びっくりして手元が狂いラブレターを落とす。
 だが、すかさず拾って彼の下駄箱に突っ込み、その場を走り去った。

『好きです。お付き合いしたいので返事を聞かせてください。今日の15時45分に体育館裏で待ってます。美坂あやか』

 6時間目の授業終了後にラブレターは確実に読まれる。
 そう考えるだけでも心臓が爆音を奏でる。
 あと1時間後には梶くんの彼女になってるかもしれないのだから。


 ――でも、約束の場所に現れたのは、なぜか同じクラスの石垣くん。
 彼はスタイリングしてある黒髪マッシュの陽キャタイプで学年一勉強ができる人。
 それくらいの情報しかわからないし、入学してからほとんど喋ったことがない。
 そんな彼がいま目の前に。

「石垣くん、どうしてここに?」
「だって、お前が俺の下駄箱にラブレターを入れたから来たんだけど」
「えっ、何の話?」
「ほら、これ! お前が書いたやつだろ」

 彼がスラックスのポケットから取り出して目の前で開いたのは、まぎれもなく私が昨晩書いたラブレター。

「……それは、たしかに私が書いたものだけど」

 どうして彼が持ってるかわからない。
 ラブレターを入れる直前に梶くんの下駄箱番号を確認したはずだから、石垣くんの手元に渡るはずがないのに。
 しかも、よく見ると一番大事な宛名を書いていないという。

 そこで気付いた。
 彼はラブレターが自分に宛てられたものだと勘違いしてることを。
 もしかして、ラブレターを床に落とした直後に下駄箱へ突っ込んだから、その時に入れ違えちゃったのかもしれない。
 だとしたら、私が石垣くんのことを好きだと勘違いしてるかも。
 どうしよう!!

「それは……。なんというか、そのぉ……」

 冷や汗を額にびっしりと浮かばせながらも誤解を解こうと思った。
 傷が浅いうちに真実を伝えれば笑い話で済むだろうから。
 だが、そんな願いも虚しく……。

「美坂からのラブレター、すっっっげぇうれしかったよ!!」

 彼は白い歯をキラリと光らせながら、ラブレターと共に両手で私の手をぎゅっと握る。

「へっ?」
「俺も美坂のことが好きだから! ずぅーーーっと、ずぅーーーっっと!! いつ喋ろうかって、いつ告ろうかって。それが、まさか美坂の方から告ってくれるなんて……。よっっっしゃぁああああ!!」
「だ、だから、それはね……」
「やっべぇ。こんなにハッピーな出来事なのに一人で喜ぶのはもったいないな……。あ、そうだっ!! 記念に誰かに報告しなきゃ」
「えっ、記念に報告って……」

 一度かかったエンジンは止まらない。
 私は気持ちが追いつけないまま彼にクンッと手を引っ張られて一緒に走らされる。
 体育館裏から校舎が並ぶ通路に出て、はぁはぁと息を切らしながら立ち止まった先は、いま部活動の準備をしている生徒たちが集まる校庭。
 彼は胸いっぱいに息を吸い込んで大きな声を吐き出した。

「俺、彼女ができましたぁぁぁぁああ!! 相手は俺が大好きな美坂あやかでぇぇぇええす!!」

 私は予想外の展開を迎え、「えっ」と声を漏らして彼を見る。
 すると、彼の声に気づいた部活動の生徒たちは「おめでとーー!!」とか「ヒューヒュー!!」とか口笛やら拍手やら歓声が上がり、一部のクラスメイトが私たちの方へ。
 そして彼は仲間たちに胴上げされる。
 もはやこの段階で私は蚊帳の外へ。
 一刻でも早く誤解をとかなきゃいけないはずが、場は祝福ムードになってるし。


 ――そして、いまに至る。
 ラブレターはたしかに梶くんの下駄箱に入れたはずなのに……。

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