これが一生に一度きりの恋ならば
彼女の答え
――場所は、滞在しているホテルの部屋の机の前。
俺は夜景に背中を向けたまま卓上カレンダーを手に取った。
残り半月。
時は進んでいるのに、あやかとの関係は徐行運転に。
このまま時が止まることを願ってる自分と、迫りくる現実がつねに葛藤している。
「明日のパーティには必ず来てよね。花火大会へ行ったら絶対に許さないから」
誰もいないはずの部屋から聞き覚えのある声がしたので目を向けると、扉の前にはひまりが腕組みしている。
思わず呆れてため息が出た。
「どうやって俺の部屋に侵入したの?」
「このホテルうちが経営してるから鍵を借りてきたの」
「……相変わらず最低だな。俺の気持ちなんてお構いなしかよ」
俺は苛立ちを抑えた手のまま卓上カレンダーを机に置くと、ひまりは後ろからかけよってきて背中から手を回した。
「ちょっ……、なにするんだよ!」
「藍が好きなの。小さい頃からずっと……。早くあやかちゃんと別れて私だけを見てよ」
「そーゆーの無理だから」
すかさず彼女の手をほどいて暗闇を映している窓の前に立つ。
彼女はそれが癪に障ったのか、俺の横にまわって眉を釣りあげる。
「藍を追って来たのに彼女を作ってたなんて……。日本に来なければこの事実を知らなかった」
「俺はこの4年間あやかに会うことだけを考えてきた。相手が誰でさえ俺たちの仲を引き裂くことは許さない」
「なによ、それ……。私たち、婚約者なんだよ! あやかちゃんとうまくいってても最後は別れる運命なの」
「俺はそう思ってない。たった一度きりの恋なら全力を尽くしたいから」
「なに言ってるの……。私たちは大学を卒業したら結婚するのに……」
「そんなの親が勝手に決めただけだろ」
「私は藍と結婚したいの。相手は藍じゃなきゃ嫌!」
「お前がそう思っていても、俺は納得してないし認めてないからな」
吐き捨てるようにそう言うと、部屋の扉を勢いよく開けて出ていった。
俺は生まれた頃から自由なんてない。
だから、1分1秒でも思い残しのないようにしていきたい。
――ホテルの中庭に到着すると、等間隔に置かれている籐のベンチに座る。
荒んでいる気持ちを抑えて、ポケットからスマホを出してあやかに電話をかけた。
『藍。どうしたの? 急に電話なんて』
「あやかの声が聞きたくなったから」
『もぉ〜……。「声が聞きたくなった」なんて本物の彼氏っぽいね』
「本物の彼氏だよ」
『えっ』
「この一瞬だって俺は全力だから。お前に会いたいと言われればすっ飛んでいくし」
『あはは。いつも大げさなんだから……』
彼女は呆れたようにそう言う。
たとえ期間限定だとしても、俺はあやかを本物の彼女として接している。
いま100%じゃなければ後悔する日が必ずやってくるから。
夜風に当たりながら空を見上げると、月が光り輝いていた。
俺はその月を見ながらあやかとの日々を思い浮かべている。
「あやか」
『ん、なぁに?』
「俺の気持ち、ちゃんと届いてる?」
『うん……。ちゃんと届いてるよ』
彼女は”期限つき”の意味を知らない。
いや、もし知っていたとしたら、この関係を築けなかっただろう。
そして、その期限を迎えた日には彼女からどんな答えが伝えられるか、いまは不安で仕方ない。