薬師シェンリュと見習い少女メイリンの後宮事件簿

第三話 薬師シェンリュと死の呪い

「バカな……何故お前がここにいる。来るな。来るな。来るな!」

 陸の太師の暁東(シャオドン)は、王宮内の執務室で亡くなったはずの自身の妻に襲われていました。彼女は冷たい眼でシャオドンを見据えています。

「お前が、お前が悪いんだ。私がいるにも関わらず、あの男と関係を持つからだ。やめろ。やめてくれ!」

 シャオドンの妻は長い髪を前方へと垂らしています。艶のある黒い髪でほとんど顔は隠れていましたが、彼女は鋭い眼光でシャオドンを睨みつけながら、ジリジリと近づいてきます。

 シャオドンの叫び声を聞いて驚いた兵士たちが、部屋に入ってきます。

「太師様、どうされました? この部屋には、誰もいませんよ。気を確かにしてください!」

 駆けつけた護衛の兵士たちはシャオドンに、部屋の中は誰もいないのことを告げて、錯乱する彼を落ち着かせようとします。

「お前たちには見えんのか? ここにいるだろう、我が妻だった美雨(メイユイ)が。ああ、私が悪かった。許してくれ」

 シャオドンは口では謝りながらも、目の前の妻を斬りつけるために、腰から刀を抜きました。

「おのれ、死してなお、私の、私の邪魔をする気か。ならばもう、容赦はせぬぞ! もう一度、もう一度殺してやるわ!」

 護衛の兵士たちは、刀を振り乱し錯乱しているシャオドンを押さえつけます。

「太師様、あなたに手荒な真似はしたくありません! どうか落ち着いてください!」

 やむを得ず、兵士に取り押さえられたシャオドンは、自身の亡くなった妻に首を絞められる光景を見ていました。

「胸が、胸が苦しい。があ、があ、息が、いきができな……」

 シャオドンは、胸を手で押さえて前屈みになりながらしばらくもがいた後、ゆっくりと前に倒れ込みました。

「太師様、大丈夫ですか?」

「太師様、太師様、どうか気を確かに――」
 
 兵士たちは慌てて介抱しますが、その時、すでにシャオドンは息絶えていました。

 シャオドンが亡くなったことは、すぐにトウミ宰相へと報告されました。トウミは陸に古くから使える官僚であり、すでに歳は六十を超えています。真っ白になった頭髪が、彼の歩んできた人生を物語っていました。事態を重くみたトウミは、この件について箝口令をしき、シェンリュを自身の執務室へと呼び出します。

「久しぶりだな。シェンリュ」

「トウミ様。まさかあなたに直々に呼び出されるとは思いませんでしたよ。もしかして、シャオドン太師の件ですか?」

 トウミは、シェンリュが先にシャオドンの名前を出したことに、驚きを隠せませんでした。

「ほう。シェンリュ、お前はもう知っているのか? 後宮の中のご婦人たちの話好きにも困ったものだ。ヨウリンに話して、もう少し規律を守らせるようにさせないとな。話がそれた。そうだ、君の言うとおり、今回、私はその件で話がある」

「なるほど。太師様は錯乱して亡くなった自身の妻の名前を叫びながら絶命したと聞きました。他に彼の死に何か不審な点があったのですか?」

「彼の死因に関しては問題は無い。護衛の兵士がどさくさに紛れてシャオドンを暗殺したことも考えたが、確認したところ、彼の遺体に目立った外傷は無かった。となると、彼は病死したことになる」

「確かに。それであれば病死として扱うのが自然でしょう。ですが、私がここに呼び出されたというのとは、他に何か問題があるのですね?」

「さすがシェンリュだ、話が早い。実は、シャオドンが初めてではないのだ。他にも似たような死に方をした者たちがいて、シャオドンで四人目なのだよ。しかも、皆、何かに怯えるように錯乱した後に死んでいる」

「なるほど、それで私に調査を依頼したいというわけですか」

「ああ、その通りだよ。王宮内には、彼らが呪いによって死んだと噂している者もいる。彼らが死ぬ前に、すでに亡くなっている人間の名前を叫んでいるからだ」

「呪いなどというものが本当に存在するとは思えません。必ず何か原因があるはず。私がその謎を解き明かしてみましょう」

「王宮内で自由に動けるのはお前ぐらいなのだ。頼んだぞ、シェンリュ」

 シェンリュは、トウミに一礼すると、執務室を後にします。

 シェンリュは、執務室から自身の診療所へと戻る最中に、自身の計画について考えていました。

(宰相ともあろうお方が怖気付くとは。トウミほどの男でも呪いは怖いものなのだな。しかし、これは使えるかもしれないな)

 しばらく考え込んだあとに、何故か彼はほくそ笑みました。

 シェンリュが執務室を離れた後、トウミの背後から、白い仮面をつけた女性が現れます。彼女は、シェンリュに気づかれないように身を隠しながら、二人のやりとりを聞いていました。

「トウミ様、ありがとうございます」

「お前がシェンリュにこの件を調査させたいというから、かなえてやったんだ。これで満足か?」

「ええ、本当に感謝しています。彼ならきっとこの事件を解決できるでしょう」

 仮面をつけた女性は、白い仮面と身につけていた衣服を脱ぐと、トウミを後ろから抱きしめて、豊満な胸を彼の背中に押し付けます。

「ふふ、これからたっぷりお礼をさせていただきますわ」

(これで舞台は整いました。ではシェンリュ、あなたの力を見せてもらいますよ)

 彼女は、トウミを抱きしめながら、妖しく微笑みました。
 
 トウミ宰相の話していたとおり、王宮内で要職についている人物が、亡くなったはずの人物を見た後に発狂して突然死する事件が相次いで発生していました。

 王宮内の人々は、王宮が呪われているからだと噂して、恐れています。

 シェンリュは、トウミの執務室から自身の診療所へと戻ります。
 
「メイリン、ミオン、ただいま帰りました」

「はい、おかえりなさい先生」

 診療所にはメイリンの他に、シェンリュの計画に参加することになったミオンもいます。
 
 トウミから依頼を受けたシェンリュは、メイリンとミオンとともに、シャオドンの執務室を確認することにしました。

「トウミ宰相に、シャオドン太師の事件について調査するよう命令を受けました。今回はミオンにも手伝ってもらいますよ。いいですね?」

「はい、シェンリュ先生、初めてですが、がんばりますので、よろしくお願いします」

 ミオンは、相変わらず露出度の高い服を着ていて、彼女のふくよかな胸が作り出す谷間が見えています。

「もう、ミオンったら。そんなにお胸を強調したら、先生が目のやり場に困ってしまうでしょう? 気をつけてよね」

 無意識に、ミオンに嫉妬していたメイリンが注意します。

「ごめんねメイリン。気をつけるね。すいません先生。私、そんなつもりは……」

「ごめんミオン。私もどうかしてたよ。ミオンがいつも着てる服なのに」

(私、このままじゃミオンに先生を取られちゃうかもなんてバカなこと考えてた。ミオン、ほんとにごめん。友達なのに、最低だ)

 メイリンは、そんな自分が嫌になって、うつむいてしまいました。

「メイリン、ミオン。私はどちらか一人を特別扱いするつもりはありませんよ。あなたたちはどちらも私の助手で、大切な同志でもあるのですからね」

 シェンリュは、二人の頭をポンポンと叩きました。

「そしてメイリン、あなたは助手として私をたくさん支えてくれています。だから、私は本当にあなたに感謝しています。もっと自分に誇りを持ちなさい。あなたは私の弟子なんですからね」

「先生、ありがとうございます。先生の助手でいられて、メイリンは幸せです」

 メイリンは、泣きながらシェンリュに抱きつきます。

「よしよし」

 シェンリュはメイリンの頭を撫でてあげました。

「それでは、準備が出来次第、シャオドンさんの執務室へと行きましょうか」

「はい、先生。ミオン、さっきは本当にごめんなさい。よかったら、私と一緒に準備してくれる?」

「もちろんだよメイリン。何が必要なのか私に教えてね」

「ありがとう。じゃあ、早速準備に取り掛かろう」

 メイリンは、ミオンの手を握って微笑みました。

 三人は後宮から外宮へと移動して、シャオドンの執務室に入ります。

「さすが太師様のお部屋ですね。豪華な置物がたくさん置かれています」

「太師は陶磁器の愛好家として有名でしたからね。自身の収集物の一部を飾っているのでしょう。さて、手分けして部屋の中を調べましょうか。何かあれば私に報告してくださいね」

「はーい」
 
 シェンリュたちは部屋の中を隅々まで調べますが、特に問題は見つかりませんでした。

「何も出てきませんね、先生」

「陶磁器の中も確認しましたが、何も入っていませんでした」

「二人とも、ありがとう。この部屋には何も問題はなさそうです。でも念のため、護衛の兵士たちに亡くなった時の状況を聞いておきましょうか。他の三人のこともね」

 次に、シェンリュは亡くなった四人を発見した兵士たちから、彼らが亡くなった時の状況を聞き取ることにしました。

「亡くなった四人は、息を引き取る前に錯乱していたのですね?」

「はい。彼らは誰もいない部屋にいたのに、人の名前を叫びながら、暴れていました。よほど怖い幻覚を見ていたのでしょうね」
 
「なるほど。それで、彼らは錯乱する前に食事を取っていましたか?」

「はい。四人はみな、食事を食べたあとに亡くなっています」

「それは貴重な情報だ。もう一つ聞きたいのですが、四人は亡くなる前に、胸を押さえていませんでしたか?」

「そういえば、確かに苦しそうな顔をして、胸を手で押さえていましたね」

「やはりそうでしたか。ありがとう。これで大体の事情がわかりました」
 
 兵士たちの証言から、シェンリュは間違いなく彼らが亡くなる直前に幻覚を見ていたと判断します。
 そして、亡くなった四人が、食後に幻覚を見ていたことが判明しました。

「この四人が食事を取った後に亡くなっているというのは実に興味深い。普通なら毒殺を疑うところです。ですが……」

「亡くなった四人は発狂しているのを兵士に目撃されています。これでは毒で殺害されたとは考えにくいです」

「そう、今回の犯人の狙いはまさにそこですよ。犯人はおそらく、食事に毒に持ったことを隠すために、もう一つ毒を使ったんです」

「毒を二つ盛ったということですか?」

「ええ、その可能性が高い。一つは対象に幻覚を見せる毒。もう一つは対象の命を確実に奪うことの出来る毒です。四人が苦しそうに胸を押さえていたことを考えると、トリカブトの毒を使ったのだと思います」

 シェンリュは、この事件の犯人が、チョウセンアサガオのような幻覚を見せる作用のある植物毒と、トリカブトのように心臓を麻痺させて突然死を引き起こす植物毒の二つを同時に使用したのではないかと考えました。
 彼の見立てでは、四人は、何者かに食事に毒を盛られていて、チョウセンアサガオの毒によって幻覚を見せられて錯乱した後、トリカブトの毒によって心臓麻痺で亡くなっています。

「なるほど、確かにその方法なら毒を盛ったと疑われずにすみますね」

「犯人は間違いなく王宮の食事担当の人間たちの中にいます。普通に毒殺すると真っ先に自分が疑われるため、チョウセンアサガオの毒を使ってターゲットに幻覚を見せて、呪いによって死んだのだと思わせることにしたのでしょう。あとは確実は証拠を見つけるだけです。急いで調理場へ行きましょう」

 三人は王宮の調理場へと向かいました。調理人たちは休憩中のようで、使用人が一人で留守番をしています。

「調理人がいないのは好都合です。使用人に話して、調理場の中を確認させてもらいましょう」

 シェンリュは、使用人に調理場の中を案内させました。調理場はきちんと整頓されており、特に問題はありませんでした。

「最後に、調理後に出るゴミを確認したいのです。ゴミ捨て場を案内してもらえますか?」

「いいですけど、あそこにいくのは……、正直、あまりオススメはしませんよ」

「私たちは、どうしてもそこを確認しないといけないのです。お願いします」

 使用人は、三人を、調理場の外にあるゴミ捨て場へと案内しました。

 ゴミ捨て場には、捨てられた生ゴミが山になっていて、悪臭を放っています。

「うう、すごい臭いです」

 ゴミの山からただよってくる臭いに、メイリンたちは思わず顔を背けます。

「私が探します。二人は下がっていなさい」

 シェンリュは、口を覆っている白い布を二重にして顔に巻き直すと、近くに置いてあった掃除用の棒を使って、重ねられていたゴミの山を崩しました。

「ふふ、やはりありました。これで犯人は言い逃れることが出来ませんね」

 シェンリュは、ゴミの山の中からチョウセンアサガオの残骸を発見しました。これが、シェンリュが探し求めていた証拠です。

「がんばって証拠を探した甲斐がありましたよ。ゴミの中に、チョウセンアサガオを見つけました」

「やりましたね、先生。それでは、ここで調理人たちが帰ってくるのを待ちますか?」

「いいえ、私にはもう一つ確認したいことがあります。彼らとお話するのは、それからにしましょう」

「はーい」

 次に、シェンリュたちは王宮の管理をしている佩芳(ベイファン)という男のもとを訪ねます。

「こんにちはベイファンさん。あなたにお聞きしたいことがありまして……」

「やあ、シェンリュ先生。お久しぶりですね。私が答えられることなら何でもお答えしますよ」

「実は今、トウミ宰相から依頼を受けて、シャオドン太師の死因を調べていましてね。太師の食事についていくつかお話をお伺いしたいのですが……」

 シェンリュは、ベイファンにシャオドンの食事を担当していた調理人について質問しました。

 ベイファンによると、亡くなったシャオドン太師の食事の調理を担当していたのは破浪(ポーラン)という男です。太師は美食家で、腕のいいポーランの作る料理しか食べないとのことでした。

「へー、偉くなると料理にもこだわりを持つんですね。特定の料理しか食べないなんて、考えられないです」

「まだまだ育ち盛りのメイリンとミオンは、好き嫌いせずにたくさん食べて栄養を取らないといけませんよ」

「はーい」

(栄養を取れだなんて。やっぱり先生は、私みたいな子供の身体は興味が無いんだわ。早く成長して、大人の身体にならないと――)

 がっかりしたメイリンは、一日でも早く身体を成長させるために、今日からたくさん食事を取ることに決めます。
  
 シェンリュは、シャオドンの専属料理人だったポーランが彼を殺害した犯人である可能性が高いと考えました。

「ベイファンさん、ポーランさんの部屋を調べさせてもらうことは可能ですか? 出来れば彼に知られないようにこっそりと行いたいのです」

「先生はトウミ宰相から今回の調査を依頼されているんでしょう? それなら断る理由なんてありませんよ」

「ありがとうございます。ポーランは今仕事中のようなので、このまま彼の部屋に行こうと思います。メイリン、ミオン、君たちは私の診療所で待っていてください。今回は私一人で調査したいんです」

「わかりました。では、先に戻っていますね。先生、お気をつけて」

 メイリンとミオンは手を繋ぎながら後宮へと帰っていきました。

(今回、場合によっては毒を使う。その時に、ポーランが暴れだしたら危険だからね)

 シェンリュは、診療所へと向かう二人を見送ってから、ポーランの部屋へと向かいます。
 シェンリュはすでにベイファンの許可をもらっているので、堂々とポーランの部屋に入りました。彼の部屋は狭いながらも綺麗に手入れが行き届いていて、彼の几帳面な性格が伺えます。シェンリュは、抜けがないよう慎重にポーランの部屋の中を確認しますが、毒らしきものは見当たりませんでした。

(部屋がきちんと整頓されていて、証拠になりそうな毒も無かった。思ったよりも用心深い性格のようだな。仕方がない、毒を使って自白させるか)
 
 シェンリュは、彼がいつも飲んでいると思われる酒の入った酒瓶に、チョウセンアサガオから抽出した毒を仕込みました。ベイファンから、彼は大酒飲みで、仕事の後はいつも酒を浴びるように飲んでいると聞いていたからです。

「ポーラン、あなたにも幻覚を見てもらいます。その上で、今回の犯行を洗いざらい話してもらいますよ」
 
 シェンリュは、酒瓶を元の位置に戻すと、部屋から一度外に出ます。そして、ポーランの部屋の入口が見える場所にうまく身を潜めながら、彼が帰ってくるのを待ちました。

 何も知らずに帰ってきたポーランは、酒瓶を手に取って、大好きな酒を飲み干しました。しばらくすると、彼の様子がおかしくなります。

「な、何故、あなたがここに? そんな目で見るのはやめてください。私はあなたに言われたとおりに毒を盛ったじゃないですか? 四人とも、うまくいったじゃないですか! シェンリュとかいう薬師が嗅ぎ回っているのが不満なのですか? それなら彼も……、彼も同じように殺せばいい。ん、角? 角が生えている? 何故頭に角が生えているんだ。そ、そうか、わかったぞ、お、鬼だ。お前は鬼だったんだ。来るな、来るな、来るなー!助けて、早く助けてくれー!」

「錯乱し始めましたか。毒が効いてきたようですね」

 ポーランの声を聞いたシェンリュは、部屋の中に入りました。

「落ち着いてくださいポーランさん。私はシェンリュです。酒飲みのあなたの酒瓶に毒を仕込ませてもらいました。あなたが四人に食事に仕込んだ毒と同じものです。でも、あなたが誰に頼まれて毒を盛ったのか、正直に話せば毒を消してあげますよ。さあ、話してもらいましょうか」

 錯乱するポーランに、シェンリュがゆっくりと近づいていきます。

「うわああああ、来るな、来るなー!」

 錯乱したポーランは暴れだして、手当たり次第、物をシェンリュに向けて投げ始めました。

「暴れだしてしまいましたか。仕方ないですね」

 シェンリュは、錯乱したポーランに素早く近づくと、足を払って転倒させます。倒されたポーランは頭を打って、動けなくなりました。

「安心してくださいポーランさん。私は酒にトリカブトは入れていません。それに、私はあなたをトウミに引き渡すつもりはありませんよ。その代わり、私に協力していただけませんか?」

 シェンリュは、このことをトウミ宰相には説明しないつもりでした。何故なら彼は、トウミの命を狙っていたからです。その上で、犯人であるポーランを自分たちの味方に引き入れることを考えていました。
 
 何故、彼がトウミ宰相を暗殺しようとしているのか?
 それはもう少し物語が進んでから話すことにしましょう。

 徐々に落ち着いてきたポーランは、シェンリュの話すことを理解することが出来るようになっていました。

「わかった、わかった。協力するよシェンリュ。だが、あの女から私を守ってくれ。私は彼女が怖い。怖くて怖くてたまらないんだ。今でもあの冷たい眼が頭から離れない」

 ポーランは、仮面をつけた謎の女性に脅迫されて、彼女に言われるままに、四人の食事に毒を盛っていました。

「もちろんです。仲間になってくれれば、私が必ずあなたを守りますよ」

「約束してくれ。もう、私は限界なんだ。頼むよシェンリュ」

 ポーラン、は泣きながらすがるようにシェンリュの手を握ります。
 
 こうしてシェンリュは、ポーランを自分の仲間に引き入れること成功しました。
 
 シェンリュの診療所に戻っていたメイリンは、ミオンと会話しています。

「ねえミオン。どうしたら私も身体が成長するのかな?」

「んー、私思うんだけど、メイリンは今のままでいいんじゃない?」

「え、そうなの?」
 
 ミオンから意外な返答がきたので、メイリンは少しだけ驚きました。

「でも、シェンリュ先生、さっきもっと栄養を摂りなさいって言ってたよ。それって私の身体に満足していないってことなんじゃ……」

 いまだに膨らんでいない自分の胸をさすりながら、メイリンがつぶやきます。

「あはは、そんなことないって。今のメイリンの身体、とってもステキだから、気にすることないよ」

「本当?」
 
「うん。男の人って、メイリンみたいに子供みたいな身体が好きな人も結構いるって聞いたことがあるの。多分、先生もそっちだと思う」

「ええー、そうなの!? でも、どうしてそう思ったの?」

「だって、私たちが二人一緒にいる時、先生は、私よりもずっとずっとメイリンのことを多く見てるから。気づいてなかった? だから、心配しなくて大丈夫。メイリンは、自分の身体にもっと自身を持っていいと思うよ」

「うわあああ、ありがとう、ミオン」

 メイリンは、うれしさのあまり、泣き出してしまいました。

「もう、どうして泣くの?」

「だって、ミオンが優しすぎるんだもん」

 そのまま、メイリンはミオンに抱きついて、泣き続けます。

「よしよし、気が済むまで泣いていいよ」

 ミオンは、自分の胸に顔を埋めるメイリンの頭を優しく撫でてから、彼女を抱きしめました。

(私もメイリンのこと、大好きだよ。ずっと友達でいようね)
 
 その日の夜、王宮内の寝室にいるトウミのもとに、仮面を着けた女性が現れました。
 
「シェンリュは今回の事件の真実に辿り着いたようです。宰相の言うとおり、彼の薬師としての実力は本物のようですね。ですが、彼は何故かそのことをあなたに報告していません。ということは、いずれ、シェンリュはあなたに刃を向けるつもりなのかもしれませんよ。その前に、彼を処することをお勧めします」

 女性は服を脱ぎ、トウミを誘惑しながら話しかけます。

「なるほど。考えておくよ。麗花(リーファ)

 シニヨンの髪を解いたリーファの黒い髪は、彼女の腰まで届いています。リーファはトウミに近づくと、ひざまずき、上目遣いで彼の顔を見つめながらトウミに酒をつぎました。

「ふふ、その時は、ぜひこの私にお任せください。最高の方法で彼を始末して差し上げますよ」

 トウミは、リーファに注いでもらった酒を飲みます。

「では、私も」

 リーファも、自分の酒器に少量の酒を注ぐと口をつけました。

「あまり飲むと酔ってしまって楽しめなくなりますので、私はこれで十分です。さあ、トウミ様、こちらへどうぞ」

 妖艶に微笑みながら身体を差し出そうとするリーファの姿を見て、我慢できなくなったトウミは、そのまま彼女を押し倒します。

 二人がしばらく愛の営みを堪能したあと、リーファは彼の部屋を後にしました。

 トウミがリーファと別れてからちょうど三十分後に、突然彼が胸を押さえて苦しみだします。
 
「ぐうぅ、む、胸が締め付けられるように痛む。バカな。酒に毒を盛られたか? いや、あの酒はリーファも口をつけている。それに毒ならば、すぐに効果が出るはずだ。やはり、やはりこれは呪いなのか? ま、まだだ。まだ私にはやることがある。ここで死ぬわけには――。おい誰か、誰か早く来てくれー!」

「トウミ宰相、どうされました」

「胸が、胸が苦しいのだ。た、たすけ……」

「トウミ宰相、トウミ宰相、しっかりしてください」
 
 そこでトウミは意識を失い、帰らぬ人となりました。

 リーファはトウミの酒に、トリカブトとフグ毒を同時に盛っていました。
 こうすることで、二つの毒の成分が拮抗して、一時的に毒の性質を失います。時間が経過してフグ毒が消失して、再びトリカブトの毒の成分が復活した時、トウミはトリカブトの毒で死亡します。この方法の利点は、トリカブトによる心臓麻痺が発生する時間を、本来よりもかなり後に遅らせることができることです。そして、酒に少ししか口をつけていなかったリーファは、毒の影響をほとんど受けずに済みました。

 トウミの暗殺に成功したリーファは、鏡の能力を使い華の国の王宮へと移動していました。そして、王宮内の一室で、ジェルンと会います。

「ふふ、約束どおり、トウミ宰相を暗殺してきましたよ」

「さすがリーファだ。トウミがいなくなれば、陸はもう終わりだ。陛下もさぞお喜びになるだろう」

 ジェルンは、口から自然と笑みがこぼれています。

「ふふ、これは貸しにしておきます」

「貸しというのは?」

「トウミを暗殺する前に、彼の相手をしてあげたのですが、物足りなかったのですよ」

「私に夜伽の相手をしろということか。仕方ないな」

 リーファは服を脱ぐと、妖しい瞳でジェルンを見つめながら、彼を手招きします。

「さあ、私を満足させてくださいね」

(ふふ、次に私が転生するために、腹の中に子どもが必要なのでね)

 リーファは、ジェルンに抱かれながら、自身の策を解き明かしたシェンリュのことを考えていました。 

(おめでとう、シェンリュ。あなたは私の試験に合格しました。私が転生する前に、あなたの望みを叶えてあげましょう)

 トウミが自室で亡くなっていたという情報は自国に不利益をもたらしかねないということで、国民には伏せられることになりました。

 しかし、すでに後宮にこの話は広まっていました。

(まさか、私より先にトウミを暗殺するとは……)

 シェンリュは、焦りを隠せずにいました。
 彼が暗殺しようと計画していた二人のうちの一人を、先に暗殺されてしまったからです。

(この状況、一見、私にとっては好都合。だが、一連の事件の黒幕の思惑が読めない。何故、あなたはトウミを殺したんだ?)

「先生、顔色が悪いです。大丈夫ですか?」

 シェンリュの様子を心配したメイリンが声をかけます。

「ああ、大丈夫です、メイリン。ちょっと考え事をしていました。心配をかけてしまいましたね」

(ありがとう、メイリン。きみのおかげで迷いが断ち切れたよ。私には、この後宮を守るという使命がある。そのためなら、いくらこの手を汚しても構わない。だからトウミを暗殺した黒幕がその邪魔をするのなら、私の手で始末する。ただ、それだけのことだ)

 シェンリュは、メイリンの顔を見つめながら、決意を新たにしました。
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