深を知る雨




一体どんな拷問部屋に連れて行かれるのかと思ったが、予想外にも薫が立ち止まったのはキッチンの前だった。………ただし、普通のキッチンではなく絶望的に散らかっているキッチン。

何やったらこんな散らかるんだよ………超局所的な台風がこの部屋にだけ来たの?


「居間の方はロボットに片付けてもらったんだけどな、キッチン掃除専用のやつは壊れちまってんだよ。新しいの注文すんのも面倒臭ぇし、片付けろ」
「はぁ!?オレが!?」


面倒臭いって、ボタン1つで頼めるじゃんか。指を動かすことすら面倒なの?生きてて大丈夫?


「ただで連れて来るわけねぇだろうが」


なるほど、それが目的か。まぁこっちはお邪魔している身なわけだし、ちょっとの片付けくらいならしてやらなくもない。


でも。


「そもそも何が原因でこんなことになったんだ?」


これは少々気になる。普通の喧嘩で暴れたくらいじゃこうはならない。

考えられるのは能力を使って喧嘩したってことくらいだが、薫の状態変化能力でキッチンがこんな風に散らかるとも思えない。

……となるともう1人のAランク隊員か。


と。

いつの間にか真後ろに立っていた遊に肩を掴まれた。


「知らへんなら知らへんでええことや。詮索すんなや」
「詮索って……ただ気になったこと聞いただけだろ」


そんなに警戒しなくていいじゃん、と少しむっとしたが、遊は私の反応など気にも留めないご様子。


「へぇ。んじゃあ俺も気になること聞いたるわ。――お前って、どういう種の能力なん?」


壁に背中を預け、少々怠そうに問いかけてくる。Eランクの能力なんてあってないようなものなのに、何故わざわざ聞いてくるのか。


「さっきから心読もう思てるんやけどなかなか読めらんからさ。読めらんってことは余程相性の悪い能力者なんやろうし、今後のためにも把握しときたいわ」


読心能力者は、力を発揮しづらいことがあると昔習った。能力を使ってる最中の相手は読めなかったり、特定の能力を持つ人間の心だけを読みにくかったりって時もあって、そういう相手は相性が悪いとされる。


「色々あるけど、遊と同じ能力も持ってるぜ。レベル低いから読もうとしても“楽しい”とか“悲しい”とかしか分かんねぇけどな」
「死ぬほど使えねぇな。そんなん表情見りゃ分かるだろうが」
「んなことねぇよ。感情隠す癖ある人だっているだろ?」


感情を表に出さないであろう人間を例に挙げようとして薫と遊を交互に見たが、結局後ろにいる遊に視線を戻すことになった。


「たとえば大抵笑顔の遊とか。表面上笑顔振り撒いてるけどオレに対して良い印象は抱いてない。自分のテリトリーであるAランク寮にズカズカ入ってきたことが気に入らない。呼び捨てしてくるのも気に入らない。そのうえ上手く心を読めないからムカつく。早く帰ってほしい。…ってところかな?」


そこまで詳細な思考までは読めないが、感情の色から予想することはできる。“どんな感情を抱いているか”と“それは何に対する感情か”はぼんやりと分かる。

そもそも嫌がられてるのは何となく態度で分かるし。


「………お前そんなこと考えてんの?遊」


遊の表情からそうは見えないのか、薫はにっこり笑顔の遊をじろじろ見た。

遊は笑みを深めて私を見下ろし、


「すごいなぁ、正解やわ。ほんますごいねぇ。―――俺はお前の“楽しい”も“悲しい”も分からんのに」


意味ありげに目を細めたのだった。




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