深を知る雨




さっき見た情報と違う。

クソッ、ダミー情報か!

出口付近のマップだけ偽物に変えてたってわけね。

とりあえず走って距離を開けるが、前方にあるのは大きな壁。行き止まりだ。

Aランク発火能力者の炎と真っ向からやり合って打ち勝てるはずがない。

その上、エフィジオの隣に先程の男―――ルフィーノが瞬間移動で飛んできた。

「逃げようとするなんていい度胸してるねえ。…ま、逃がさないけど」

この状況下で両方相手にするのは分が悪い。

「手詰まりって顔ねぇ。素敵よ、その表情。命乞いなら聞いてあげるわ」

エフィジオが焦る私を見て恍惚とした表情でくすくす笑った。

仕方ない……後で歩けなくなるくらい体力使うことになると思うけど、無理矢理にでも妨害電波を突破して―――。

目を瞑って集中しようとした、その時だった。

外が騒がしくなったのは。


何発もの銃声、イタリィ語での怒鳴り声―――そういえば、逃げている途中、どこにも他のオウ゛ラ幹部を見かけなかった。

おそらく私との戦闘に巻き込まないよう外へ出したんだろうが、今の怒鳴り声はその幹部たちのものに違いない。

鳴り止まない銃声。
誰かと誰かが殴り合う音。

……あぁ、なるほどね。

私はルフィーノに目を向けて、薄く笑った。

「あなたはさっき間違ったことを言ったよ」

こつり、こつり、と2つの足音がこちらへやってくる。

「“チャンス以外の何物でもない”とか“5人揃えば脅威になる”とか言ってたよね。今ここで訂正してあげる。―――あの2人がイタリィへ来たことはあなたたちにとって“不運”以外の何物でもなく、“2人だけでも”十分脅威だよ」

オウ゛ラのお2人さんが振り向いた先には、―――泰久と一也がいた。

一也は私を見てほっとしたように目を細める。

「お迎えに参りました、姫様」
「ご苦労」

一也がふざけて私を姫と呼ぶので、私もふざけて偉そうな態度を取ってみた。

「……あっさり侵入を許すなんて、外の警備員は何やってるのかしらぁ?」

エフィジオが苛立った声を出す。

ルフィーノは窓から外の様子を見下げ、チッと舌打ちをした。

「なーに、この状況。何でうちの奴らが仲間同士で銃撃戦をしてるわけえ?」

こつり、と一也がもう一歩私たちへと近付く。

「200年以上前、アフリカのとある国で起こった虐殺事件をご存知ですか?」

穏やかな、しかし静かな威圧を孕んだ声音で問い掛ける。

「その国では大まかに分けて2つの民族が共存していました。諸説ありますが、国民はある時大統領の暗殺を片方の民族の仕業だと思い込むよう仕向けられ、“やらなければやられるぞ、今すぐ近くにいる他の民族を殺せ”とラジオ放送で煽られました。一方の民族はそのラジオをきっかけにそれまで互いに挨拶するような仲だった隣人を殺し始め、ジェノサイドが行われた。時間を掛ければ、ラジオ放送だけで人は操られてしまう」
「……何が言いたいのかしら?」
「人を暗示にかけることなど簡単だということですよ」

一也こっわぁ。

外にいた人間にお互い殺し合うよう催眠をかけたのだろう。

なかなか容赦の無い能力の使い方だ。

「……エフィジオ」
「分かってるわよう」

エフィジオが2人に向かって火を飛ばす。

泰久が一也を庇うように立ち、手をかざした。

一直線に向かってくる炎と泰久の発生させた水がぶつかり合い、炎が消えていく。

しかしあまりに強く水を飛ばしすぎると私の方まで来てしまうため、泰久はある程度手加減しているようで、水と火が拮抗している。

よしよし、そのままエフィジオの気を引いておいて、泰久。私は、こっちの厄介そうな瞬間移動能力者をどうにかするから。

「……っ」
「能力使って逃げないでね。あなたが逃げたらそっちの優秀なお仲間さん、私たち3人で殺しちゃうから」

ルフィーノに背後から近付き首を掴んで壁に押し付ける。

水と炎の音が五月蝿いせいで私の接近に気付かなかった様子のルフィーノは体を強張らせた。

「ねぇ、取り引きしない?あなたたちを見逃す代わりに教えてほしいことがあるの」
「……まいったなあ。まさか女の子に脅されるなんてねえ」
「日本帝国の機密情報を漏らす内通者がどんな人間か教えて?」
「言うわけないでしょお?」
「―――状況を考えて物を言えよ」

先程ルフィーノに言われた言葉をそっくりそのまま返して首を掴む手に力を込める。

オウ゛ラのお偉いさんであるこの2人を殺してしまえば後々面倒だ。

だから元からこの2人を殺す気なんて無いのだが、内通者の名前くらいは知りたい。

ある程度力を入れたところで、ルフィーノが降参だと言いたげに手を上げたので、喋れるくらいまで力を緩めてやる。

「千端哀」
「……は?」
「本名かどうかは知らない。でも、彼はおれ達にそう名乗ってる」

……どういうこと?何で、私の名前を?

「それ以外に何か―――ってうわっ!」

びしゃあ!と大量の水が私たちに降りかかる。泰久が力んでしまったようで、私もルフィーノもエフィジオもびしょ濡れだ。

泰久に文句を言おうとした時、目の前にいたルフィーノが消え、更にエフィジオを連れてどこかへ消えてしまった。


……くっそー、逃がしたか。まぁ元からどうにかする気なんてないからいいんだけど、もうちょっと聞きたいことあったのに。




< 100 / 115 >

この作品をシェア

pagetop