深を知る雨


泰久が「すまない」と言って私に近付き、自分の上着を渡してくる。

「……ありがと。ちょっと向こう向いてて」
「は?」
「冷たいから濡れた服脱ぐ」

下着姿くらい他の誰に見られたって恥ずかしくないのだが、泰久相手だと多少は意識してしまう。私って乙女!

乙女心を分かっていない泰久は私の発言の意図を暫し考え込む様子だったが、数秒後「……あぁ、そういうことか」と大人しく後ろを向いた。

いやすぐ分かって!そこはすぐ分かって!私だって一応女なんだよ!?

まぁ泰久にとっちゃ私の下着姿なんて所詮小娘の下着姿なんだろうなーなんて悲しくなりながらも上の服を脱いで泰久の上着を着た。

下も冷たいけど仕方ない、我慢しよう。

上と下がアンバランスなせいでティエン並みのファッションになっている気がしないでもないが、とりあえず今は急いで日本へ戻らなければ。

瞬間移動していったあいつらが私たちのことを他の仲間に報告して、ここへ戻って来ないとも限らない。派手な超能力戦になるのは御免だ。

「イタリィの瞬間移動輸送場に行くのは危険だ。地下鉄で一旦他国に出るぞ」

ヨーロッパは10年前、ヨーロッパを政治経済面で統合しようという機関に加盟している国とその機関から脱退した国の2つに大きく別れた。イタリィは加盟国側なのだが、同じ加盟国間ならチェックなしで自由に出入国ができる。

泰久の言う通り、私たちは一旦他の加盟国まで行き、その国の瞬間移動輸送場から日本へ戻ることにした。

「一也も泰久も、迎えに来てくれてありがとう」
「当然でしょう」
「お前から目を離した俺が悪い。危険な目に遭わせて悪かった。今回のことに関しては責任を持って詫びる。俺に何でもさせられるとしたら何をさせたい?」
「へ?」
「何かを買わせたいとか、腹踊りさせたいとか、無いのか」
「は、腹踊りって……ふっ……」

真顔で言うことじゃないでしょ、それ。そもそもわざとはぐれたんだから、詫びるも何も私が全面的に悪いんだけど……面白いから黙っておこう。

「……何をさせたいか、って質問の答えとしては変だけど、私の場合逆に……泰久に何でもさせられたいかな」

冗談半分でそう口にし、まぁこういうの泰久には分かんないよね、と顔を上げると――――

「………………、」

―――そこには、真っ赤な顔した泰久がいた。

「な、にを言ってるんだ、お前は」
「え?ご、ごめん、何でもさせられたいって変な日本語だよね」
「男にそういうことを軽々しく言うんじゃない!」
「ひえっ……!ご、ごめんなさい!」

鈍感な泰久にもやらしい意味で言ったことが理解できたらしい。

隣の一也がやれやれと首を振る。

「駄目ですよ、ムッツリの泰久様にそんなことを言っては」
「えっ泰久ムッツリなの!?今度からムッツリーニって呼んでやろう……!あれ?300年くらい前のイタリィの有名な政治家ってムッツリーニで合ってるっけ?」
「ムッソリーニです。馬鹿がバレますよ」
「酷くない!?ちょっと間違えただけじゃん!」

そんなことを話をしながら地下鉄へ向かった私たちは、人気の無い電車の席に座った。
能力を使った移動手段が一般的になった今、昔ながらの電車というものの利用者は少なくなってきている。

「今日は疲れたー。明日の朝起きれないかも」
「Sランク寮で泊まりますか?起こしますよ」
「あ、それいい!」

走り出す電車の中で他愛ない話を続け、うとうとしてきた私は一也の肩に頭を乗せて少し眠った。

一也はこういう時絶対に動かないし、迷惑そうにもしない。一也と泰久が端で、私が真ん中。座る順番は必ずこうなる。

ずっとそうだった―――泰久のもう片方の隣には、昔はもう1人いたのだけれど。



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