深を知る雨



澤小雪と澤雪乃が初めて出会ったのは、およそ8年前のことである。

2192年、12月。

小雪が15歳になってすぐの頃、北海道にはまだ戦勝国の占領軍がおり、どこへ行っても背の高い外人がウロウロしていた。

敗戦後暫くの間は金というものが機能しなくなったとはいえ、澤家の人間であるおかげで、小雪は周囲より十分な生活を送っていけた。

小雪の家での生活は戦前も戦後もそう変わらなかったのだ。

家から一歩外に出れば周囲の劣悪な状況が目に見えたが、家の中にさえいれば戦争が起こったことさえ小雪には嘘のように感じられた。


小雪は義母と2人暮らしで、小高い丘の上にある大きな屋敷に住んでいる。

初めて来た人間に高級旅館か何かと勘違いされるほどこの屋敷は立派だが、小雪が義母に聞くところに寄ると、澤家の中心として機能する家はもっと大きいらしい。

小雪は行ったことがないが、今は小雪の両親がそこに住んでいるそうだ。

澤家の仕組みは複雑で、小雪自身もよく分かっていない。

ただ分かるのは周囲の普通の家族とは少し違った形であることだけだ。


小雪には、本当の親に会っていた頃の記憶がない。それこそ赤ん坊の頃にしか会っていないはずだ。

物心ついた頃には義母に育てられていた。

義母は逞しい女性だった。1人で小雪をしっかり育て、叱る時は叱り、褒めるべき時には褒めた。


ある時から、小雪の家にはよく決まった客が来るようになった。

敗戦後の状況下でも商売のできる数少ない相手らしく、その客が来る度義母は小雪に「奥にいなさい」と言った。

そんなに自分が商売の邪魔をすると思われているのかと小雪は少し不満に思ったが、逆らうのも面倒なので言われるがままに奥で勉強をした。


学校が機能しなくなったことで、小雪は暫く義母以外の人間と会話をしていなかった。

退屈を感じながら教科書を閉じて窓の外を眺めていると、何者かが庭でもぞもぞ動いているのが見えた。

(……泥棒か?)

こんな状況下では引ったくりも強盗も珍しく無い。

何か奪われたものがあればそれを取り返してから超能力で外へ飛ばそうと思い庭に出ると、小さな体が地面に生えたクローバーをじーっと見ていた。

子供だ。しかも、最近には珍しく上質な着物を身に纏っている。

「そんな風にしてたら服、汚れるよ」

その姿が泥棒ではないように感じられてそう優しく声を掛けると、小さな塊が小雪の方へと顔を向けた。


―――その瞬間、両者は視線が絡み合って動けなくなった。


小雪はその少女――雪乃を見て、大和撫子という表現がぴったりな見た目をしていると思った。

薄桃色の唇と白い肌、ぱっちりした大きな瞳、綺麗に整えられた前髪、幼さに反して色気を感じさせる口元の黒子。品のある美しさだと思った。


一方雪乃は。

小雪の思わず触りたくなるようなふわふわした天然パーマと、男を感じさせない色の白さ、それとは逆に男らしい体格を見て、それまで感じたことの無い胸の高鳴りを感じた。



―――そう、彼らの悲劇は出会ったその瞬間から始まっていた。

好きになったのがたまたま兄だった、妹だった、では済まされない。

彼らはおそらく、無意識下で互いを他人ではないと分かっていて惹かれ合ったのだ。

この性質こそが、彼ら一族を苦しめる業だった。




< 107 / 112 >

この作品をシェア

pagetop