深を知る雨


妙な間が生まれた後、小雪は何とか「……誰?」と聞くべきところを聞いた。

雪乃はぱちぱちと瞬きした後、「義父様が、この家に話があるというのだけれど……退屈で、出てきちゃいました」と透き通るような声で言った。

なるほど、今日来ている客の娘さんか、と小雪は納得する。

「内緒にしてくださいね。義父様に、この家の人には会わないようにって言われてるんです」
「ふーん。何でだろう」
「分からない……けど、この家の人に会うのはいけないことらしいです」

どういう意図があってそんなことを娘に伝えているのか知らないが、まるでこの家にいる人間が汚いかのような扱いだ、と小雪は思う。

「いくつ?多分、俺とそう変わらないよね」
「…中学2年生です。……あなたは?」
「中学3年生」
「じゃあ、やっぱり先輩ですね。大人びてるからそうだと思った」

そう言ってふふっと笑う雪乃を見ると、小雪は何だか温かい気持ちになった。

退屈していたということもあり、暇潰しに雪乃のことを知りたいと思った。

「名前は?」
「雪乃です」
「俺は、小雪」
「お互い冬っぽい名前ですね」

名前を教え合っていたその時、占領軍の軍用機が上空を飛んだ。

小雪は雪乃から空へと視線を移し、過ぎ行く軍用機を眺める。

「……ああいうのがお好きなんですか?」
「うん。戦争が終わってから、あまり見れなくなったけどね。こう見えて軍人志望なんだよ?」
「軍人…?軍人って、なるの大変じゃありません?」
「普通科は結構大変かな。ただ超能力部隊の方は人手が足りてなくて、超能力持ってれば入れる感じ。俺はSランクレベルの能力持ってるから、多分入れる」
「Sランク……?凄いです……初めて会いました」

滅多に見られない動物を見るかのような目で見てくるもんだから、小雪は思わず吹き出してしまう。

「退屈になったらまたおいでよ。話し相手くらいにはなってあげる」


―――それから2人は、お互いの親に秘密で会うようになった。


義母はいつもこの家に雪乃たちが来る日には小雪に「奥にいなさい」と命令していたのだが、雪乃はこっそり抜け出しては小雪に会いに庭を訪れた。


ある日、小雪は素朴な疑問を雪乃にぶつけた。

「いつも雪乃と一緒に来てる男の人って誰?」

雪乃たちが帰る頃にこっそり窓からその後ろ姿を見たことが度々あったのだが、雪乃の隣にはいつも30代程であろう男がいた。

小雪は彼を商売の相手としか教えられておらず、前々から疑問に感じていた。

最初は雪乃の父親だと思っていたが、それにしては隣に並んで歩く姿に距離感があるように思った。

「……え?」
「帰る時いつも隣にいるよね」
「……ああ……あれは、私を育ててくれた人です」

“育ててくれた人”という言い方からして、実の親ではないのだろう。
雪乃も自分と同じような境遇なのかもしれない、と思うと、好きな子との共通の趣味を見つけたかのような嬉しさがあった。

「何年一緒にいるの?」
「物心ついた時からずっと。……でも私は、あの人といるよりも、小雪さんといる方が安心します」

その発言に対して、小雪は素直にどきりとした。

ずっと一緒にいる人間よりも、出会って間もない自分と一緒にいる方が安心だと言うのだ。

小雪は雪乃のその無防備さに―――少なからず庇護欲を煽られた。

「……義父様は、変なことをするから」

その発言に違和感を覚え、変なこと?と聞き返そうとした小雪より先に、雪乃がハッと顔を上げた。

何やら驚いた顔で自分の後ろを見ていたため、小雪も後方に顔を向ける。

そこには、高そうなコートを身に纏う、暗い目をした男―――紺野芳孝が立っていた。

当時三十代後半の、雪乃の義父である。

男の小雪からして見ても、芳孝には大人の妖しい色気があった。

雪乃の年齢に似つかわしくない大人っぽい雰囲気は、この男の近くにいるから移ったものだろうと小雪は感じた。

「この家の者には会うなと言っただろう」
「……ごめんなさい」

憤りを感じさせないゆっくりした口調ではあるが冷たい声だ。

怒っているわけではないが自分の言い付けを守らなかったことが気に食わない、といったところだろう。

芳孝は雪乃から小雪に視線を移し、「……君か」とぽつりと呟いた。

「初めまして、小雪くん。うちの娘が迷惑をかけたね」

口角だけを上げて余所向きの優しい声音で言ってくる芳孝に対し、小雪は少なからず寒気を覚えた。

芳孝は「おいで」と雪乃を呼び、近付いてきた雪乃の肩を抱いて歩き始めた。

端から見れば娘を大切にする父親の図なのだろうが、小雪にはどうもそう見えなかった。

雪乃が自分の所有物であると誇示するような―――そんな背中に見えた。



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