深を知る雨
雪乃と芳孝が屋敷に泊まり始めて6日目の朝、小雪は義母と向かい合って昼食を食べている最中、ふと気になって聞いてみることにした。
「義母さんは、どうしていつも客が来る時俺を奥にいさせたんですか?」
もしかしたら、義母はあの2人の関係を知っていたのでは無いかと思ったのだ。
だから自分を彼らから遠ざけようとしたのではないかと小雪は考えた。
――――少年は知らない。
「………そうね。あなたには、そろそろ言っておいてもいいでしょう」
――――この質問が自分を地獄へ突き落とすことになることを。
「最近よくこちらに来ているお客様は、あなたの妹と、その義父よ」
――――少年が予想だにしていなかった崩壊が、大きな音を立てながら開始した。
「あなたの生まれた家は、代々血の高貴さを重視してきたわ。比較的近しい人間を選んで婚約し、子孫を残していた。……でも途中で、重視するあまりに近親婚をする人間が出てきてね。そして何の因果か、その子供にも、そのまた次の子供にも、近親者を性的興奮の対象として見る傾向が見られたの」
小雪にはそれが、どこか遠い世界の話のように感じられた。
しかし身に覚えがある分、小雪の中の遠い世界が身近に迫ってくる。
「そんなことがきっかけで、生まれた子供は全員別々の屋敷へ……親と子も引き離すようになったのよ。…だからあなたは、本当のご両親と会ったことがないでしょう」
小雪が両親と会えないのは、小雪が両親に対し好意を抱く可能性を懸念してのことだった。
「……妹に会うことも駄目なんですか」
「もちろんよ。可哀相だと思うけれど、特にあなたたちは年頃だし…、」
「俺は、雪乃が好きです」
義母はハッとして口を閉じた。
その瞬間義母の小雪を見る目が変化した。
“気持ち悪い”。
小雪にとって、義母にそんな目で見られるのは初めてだった。
「……分かってるの?近親者との交配は危険なのよ。子孫に与える影響は、」
「だからですかね?」
――――少年は知らない。
自分の恋心が周囲にどんな影響を与えるのかということを。
「だから俺はおかしいんですかね?近親交配した人間の子孫だからですか?だから頭がおかしいんですか?だから性癖もおかしいんですか?だから妹にしか欲情できないんですか?」
――――少年は知らない。
実の妹に恋をするという人間が、義母のような人間にとってどれ程受け入れがたい存在かを。
小雪に悲しいことがあったと気付けば、いつも小雪に元気を出させようとした優しい義母も、この時ばかりは苦しそうな表情をした小雪に何の言葉も掛けられなかった。
小雪の発言が、義母の理解の範疇を超えたのだ。
義母は血の気の引いた表情で何も言わず立ち上がり、別の部屋に引き籠ってしまった。