深を知る雨


義母が呼び掛けても出てこないので、小雪はそこで漸く自分の発言を後悔した。

こんなことは初めてだったからだ。

小雪が反抗期だった頃、何を言っても広い心で受け入れた義母。

あんな顔をして部屋へ行ってしまうということは、余程の衝撃を受けたのだろう。


何もせずにいるのが苦しくて廊下を歩いていると、向こうから芳孝が歩いて来るのが見えた。

小雪は義母にとんでもないことをしてしまったことに、少しの焦りを感じていた。

その時ちょうど芳孝を見たものだから、焦りが怒りへと変わり、小雪は芳孝の前に立ちはだかって彼を睨みつけた。

「―――虐待だ」

そうだ、そもそもこいつが悪いのだ、と思うことにした。

この男があの夜あんなことをしていたから、自分は雪乃を性的な目で見るようになってしまったんだ、と小雪は思い込むことにした。実際、きっかけはそうであるのだから。

「あんな、小さな身体に……!何をさせてるんだ、この鬼畜!」

しかし、やり場の無い怒りをぶつけるには相手が悪い。

芳孝は怒鳴り付けてくる小雪をどこか面白がるような表情で静かに見下ろした後、

「なら、何故止めなかった?」

優しい、しかしどこか不気味な雰囲気のある声音で問うた。

「君がここへ足を運ぶようになって数日になるだろう。雪乃が僕に抱かれている様を見たのも1度や2度ではないはずだ。それなのに、何故止めなかった?」

そう。小雪が雪乃たちの泊まる部屋を訪れたのは、あの夜だけでは無かった。

人の気配に敏感な芳孝はそれを分かっていた。分かっていてしていたのだ。

信じられない、という目をする小雪の腹を、芳孝は不意打ちで殴った。

わざと見せたとはいえ、自分だけの美しい花の乱れる姿を他の男が見たことに対し不愉快さを感じていないわけではなかったのだ。

一発殴る程度の怒りはあった。怒りと言っても、それで満足する程度のものなのだが。

苦しげに後ろに倒れ込んだ小雪に芳孝はもう一歩近付き、残酷な真実を突き付ける。


「君は―――欲情していたんだろう、雪乃に」


冷めた眼で小雪を見下げたまま、芳孝はその股間を踏み付けた。

小雪から声にならない悲鳴が漏れた。

「僕の雪乃で……実の妹で、何度ここを慰めた?ん?言ってごらん」

ぐり、と容赦無い力で小雪自身を踏み付ける芳孝は、優しい声で非情な言葉を叩き付ける。

「雪乃にとって有害なのは、君の方ではないのかな。小雪くん」
「いっ、……ッ、痛、」
「聞いていた通りだな。君たち一族にはどうやら、近親者に欲情するファクターが揃っているらしい。っはは、可哀相に。業が深いね」

笑いを堪えられない、といった様子でくくっと喉を鳴らす芳孝は、ようやく小雪から足を外し、屈んでその耳元で囁いた。

「バラしたらどうなると思う、小雪くん。君の親戚に君のことを事細かに報告すれば、彼らはどう思うかな」
「ッやめろ!!」

必死な顔で大声を出す小雪が、芳孝には面白くて仕方がない。

大人しそうに見えた、中学生離れした雰囲気を持つ小雪が自分の言葉に焦りを感じ冷静さを失っている。

ぞくぞくとした快感が芳孝の背中を走った。


―――優等生である小雪が人で無しである芳孝の玩具の1つに成り下がったのは、この時だった。



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