深を知る雨



 《10:00 訓練所》


『Sランクの連中説得して哀と会う許可をもらうわよ!』
『は?何でわざわざあいつと会うために説得までしなきゃいけないんだ』
『お前そんだけあの底辺が好きだったのか?』
『この空気が嫌なの。遊はあの日からずっと機嫌悪いし、薫は最近喧嘩相手が出来て楽しそうだったのにまた元の辛気臭い顔に戻ってるし、里緒は……変わらないけど、哀の方は里緒と仲良くしようとしてたし。やっぱりこんなところでお別れなんて嫌よ、あたし。……ていうか何よりあの一ノ宮とかいう男の言いなりになるのが嫌!』
『そこかい』
『あいつが僕と仲良くしようとしてたなら遠ざけたいんだけど』
『辛気臭い顔ってどういう意味だよ』
『そうと決まればどう説得するか考えましょ。ほら、里緒も』
『何で僕が……』
『お前が暴走して北海道まで飛んでった時、俺をお前んとこまで連れてってくれたんあいつやぞ』
『は?』
『正直俺、お前のこと見捨てようおもてたんやで?でもあいつ、俺に活入れよってなぁ』
『……』
『動機には十分ね。遊は乗り気みたいで嬉しいわ。……ね、薫』
『俺は別にあんな底辺……』
『そうかしら?哀と1番仲良くしてたの薫だと思ってたけど』
『仲良くしてたわけじゃねぇ』
『1番喋ってたじゃない。本の貸し借りしてたし、グラビアアイドルの趣味も合ってたみたいだし』
『つーか今更やけど何でわざわざ紙の本貸し合ってたんや?電子の方が便利やろ』
『危機的状況のエロ本出版業界に貢献するために紙のエロ本しか買わねぇってよ』
『あいつほんと真面目な奴なのかふざけた奴なのか分からないわね……』
『いや真面目さの欠片もねぇだろうが』


いや~、人気者って辛いね!

まさかここまで私が求められているとは。

いいえ、これは決して興味本位の盗聴とかではなくて遊が私の性別バラさないか遊の端末から確認してるだけで決して楽しくなってるとかでは……。

今までは録音しておいて後で聞くっていう形だったけど、それじゃ面倒になってきたからこうして訓練しながらリアルタイムで盗聴してる。

腹筋鍛えながら聞いてる。脳内に直接響くようにしてるから、周りには聞こえない。

てかAランクは今日も午前の訓練休みか!休み多くていいね!

Aランクの皆の間には暫く沈黙が走っていたが、それを破ったのは遊だった。

『なぁ、里緒。答えにくかったら別にええんやけど』

お?今度は何だ?何の質問だ?

『お前が前あのチビ見て言うとった“優香”って誰や?』

思わず一瞬体の動きを止めてしまった。

……いやー、遊のこと舐めてたわ。

気にしてる素振り見せなかったから、里緒が1度口にしたくらいの名前、忘れてるのかと思ってたよ。

じゃあ私が女だって疑い始めたのもそれが原因かな?

どこまでたどり着いたかは分かんないけど……“優香”と私を結び付けたのなら私の正体とやらにかなり近付いてることになる。

高レベルエスパーソルジャーの情報は死んでから10年は隠されるはずだけど、もう8年経ってるわけだし、情報の隠蔽が手薄になってて調べりゃ写真の一枚くらいは出てくるかもしれない。

んー、遊が調べたとしたら多分図書館だよね。後で消しとこう。

『優香は……僕の、恩人だ』

……恩人?

『旧SランクNo.1の、電脳能力者』

おおっとー!?そこまで言っちゃう!?てかそこまで知ってたんだ!?

『旧……ってことは、例の、戦争で死んだSランク隊員か』
『え、里緒そんな人と知り合いだったの』
『そう。Sランクの中でもずば抜けて強かった人。確認されてるだけでも10種類以上の能力を持ってたし、かつて“東洋の核”って呼ばれてたらしい。……僕は、あれほど強くて賢くて綺麗な女性を見たことがない』
『毒舌な里緒がベタ褒めしてるわ……珍しい』
『恩人ってのはどういう意味や?』
『それは……言いたくない』
『……分かった』

おうおうおう遊クーン?里緒には随分優しいじゃないっすかあああ。

私の隠し事に対してもそんな態度でいてくれないもんですかねえええええ。

「おいコラ千端ァ!!さっきからスピード落ちてんぞぉ!!」
「はっはいいい!すんませんすんません」

そういえば今訓練中なんだった。

先程の倍速で腹筋を鍛えながら、どうしたもんかなと考える。

遊マジでめんどくせぇ!相当探ってきてやがる!里緒も里緒でどこまで知ってんのかよく分かんないし……Aランクを放っておくのは危険かもしんない。




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