深を知る雨
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「痛みが治まるまでそこに座っていてください」
連れて来られたのは一也の部屋で、大きなベッドの上に座らされた。
足ぶつけただけでこれってどうよ?ちょっと過保護すぎない?
「一也は優しいね」
「……優しい、ですか」
一也は私の隣に腰を下ろし、私を見ずにぽつりと言う。
「そんなことを言ってくださるのも、あなただけですよ」
言うのは私だけでも、一也のことを優しいと思ってる人は他にも沢山いるだろう。
自己評価が低すぎるよ、と言おうとしたが、その前に一也が口を開いた。
「泰久様はあなたのことを心配されているんです」
「……知ってる」
「それに、僕も、心配です。大神薫、でしたっけ?既に体の関係を持たれているのでは?」
「断じて持ってない。私、男として部隊にいるんだよ?分かってるでしょ?」
「あなたはえげつない女ですからね。大神薫の弱みを握って口封じしたうえで自分の性別をバラし夜毎抱かれていてもおかしくはない」
「一也の私へのイメージってそんななんだ!?」
「実際そんな人間でしょう。男がいないと生きていけないじゃないですか。十代の頃、何股してました?あなた。刺されかけたことだってあるじゃないですか」
「それは若気の過ちなんだって!やめてよ、掘り返すの!」
確かに十代の頃はセフレ関係という都合のいい関係を知らなくて、わざわざ一人一人と付き合ってから行為に及ぶことを繰り返していた。刺されかけてからは相手を絞るようになって、今では安心安全の一也だけだ。
黒歴史を口にされ真っ赤になる私を見て、一也はくすくす笑う。
それにちょっとムカついて、一也をベッドに押し倒してキスをした。キスは受け入れたくせに、服を脱がそうとするとその手を制止し、小声で注意してくる一也。
「ダメですよ。言ったでしょう、泰久様がいるうちはできないと」
「……私をベッドに座らせといてそんなこと言うんだ。てっきり誘ってるんだと思ったのになー」
つまんないの。
仕方なく上体を起こすと、一也はふう、と安心したように溜め息を吐いてネクタイを締め直す。
「とにかく、あの方への嫉妬感情は抑えて泰久様の言うことには素直にお返事してください」
「…だって、泰久があの人のために私を守ろうとしてるのは事実じゃん」
「はあ…。そんなに気になるなら、いっそのこと言ってしまわれては?ご自分の気持ちを」
「…振られるって分かってるし」
「ええ、そうでしょうね。散ってきてください」
「そこまで言う!?」
「それで―――僕の元に来ればいいんだ」
妙に真剣みを帯びた一也の声音に、思わず噴き出してしまった。
「何それ、口説いてるの?」
「……まさか。あなたを口説いたらヘリコプターペアレントの泰久様に殺されます」
「あはははは!ヘリコプターって!」
大笑いする私を、一也がまたあの複雑そうな表情で見ている。
その表情の意味を――この時の私は、まだ知らなかった。