深を知る雨
《20:00 Sランク寮》泰久side
『悪魔!人殺し!』
一般市民が脅えた目で俺を見る。
『来るな!薄汚い日本人が!』
敵国の生き残りが、必死な顔で俺を追い払おうとする。
『ぼくの父さん帰せよ!』
少年が泣きじゃくりながら石を投げてくる。
『お前が……東洋の死神か……』
破壊された島の真ん中で、死にかけの兵士が、唯一残った壁に背中を預け座り込み、絶望した目で俺を見上げる。
“東洋の死神”。敵国の連中は俺のことをそう呼んでいるらしかった。
『―――何躊躇ってるの、泰久』
俺が殺すべき最後の1人を横から現れて殺したのは、俺の同僚だった。
いつの間にかすぐ近くまで来ていたらしいその女はあっさり兵士を殺した後、冷たい声で言う。
『あの子供も生かしたのね。この辺り一帯を泰久に任せたのは間違いだったかしら?』
『……一般市民を無差別に殺すと後が面倒だ』
『国際社会からの批判が怖い?でも強い力をわざわざ抑えながら戦うなんてリスクが高いでしょ。まだ本土には手出ししてないんだし、建て直せる程度に壊してあげてるんだから感謝してほしいくらいだわ』
女は殺した兵士の頭の上に足を乗せ、ふっと嘲笑う。
『泰久は甘いのね。戦争は酷いものだって思わせないと、また暴走するわよ?どの国も』
『どうしたらお前ほど無慈悲になれる?戦時におけるお前は優秀すぎる』
『あたしが優秀なのは戦時に限らずいつもだと思うけど。ていうか泰久、次躊躇ったら殺すから覚悟しなさいよ。躊躇って死なれるくらいなら足手まとい』
こんな言い方をするが、遠回しに自分を大事にしろと伝えてきているのは分かる。
『泰久が背負ってんのは自分の命だけじゃないんだから甘ったれないで。大切な人を守るために人を殺すのが戦争よ』
―――俺はこんな彼女に今も褪せることない羨望と尊敬、恐れと同時に恋情を抱いていた。