深を知る雨
◆
頬が引っ張られるような感触を覚えて、目を覚ます。
「泰久、大丈夫?凄いうなされてたよ」
いつの間にか来ていたらしい哀花が、椅子で寝てしまっていたらしい俺を心配そうに覗き込む。
俺はふう、と大きく息を吐いて椅子に座り直す。
「昔の夢を見ていた」
「……戦争の夢?」
「あぁ。いつものことだ」
「大丈夫?話聞こうか?」
「弱音を吐く権利など俺には無い。1番苦しいのは被害者だ。俺は誰かにとって大切な人間を何人も殺してきた。罪を忘れず、一生背負っていくのが当然だ」
それを聞いた哀花は、「そう言うと思った」なんて言ってむふふっと不気味な笑い方をする。
「何を笑ってる?」
「好きだなって思って」
「悪いがお前の気持ちには応えられない」
「もういいよ!テンプレになりつつあるよそのセリフ!」
喚きながら向かいの椅子に腰を掛けた哀花は、何だかそわそわしている様子で。
「……あ、あのさ。今度の合同訓練で3人が勝ったら私と関わらせてもいいってほんと?」
「約束というほどのものではないが。誰に聞いた?」
「いやー、ちょっとね。最近の趣味が盗聴で」
「……俺の端末か」
「あ、違う違う。遊のやつ」
盗聴までしているということは、哀花の方もあのAランク隊員のことを気にしているらしい。
「ほんとに関わらせてくれるの?」
「……お前はあいつらが俺に勝つと思っているのか?」
「わ、分かんないじゃんそんなの。そりゃ泰久は強いけど、Aランクの皆もその気になればかなり強いよ、多分」
意外だった。まさか哀花に俺が負ける可能性を考慮されるとは。
「あいつらが負けたら、お前ももうあいつらのことは忘れろ。変に目立って性別がバレたらお前も隊長も罰せられることになるぞ」
「で、でもでも、Aランクの皆が勝ったら関わっていいんだよね?」
「……勝ったら、な」
俺の一言でちょっと嬉しそうにする哀花は、どうやらあいつらが勝つことを期待しているらしい。
その嬉しそうな表情を見て思う。
―――俺は、哀花にあんな夢を見せたくない。
できることならそんな風にずっと笑っていてほしい。
この小さな体が人を殺し、血生臭い戦場で戦うと思うとぞっとする。
8年前あいつが死んでから、俺は哀花のことが分からなくなった。
哀花が何を考え何を知り何のために軍人になろうと思ったのか。
あの男が憎いからだと、そう考えれば単純な話なのだが、俺たちの反対も無視して超能力部隊に入るほどだ。
哀花、お前は何をしようとしている?
聞くのは簡単だが、本当の答えを引き出すのは難しいだろう。
この8年は、俺たち幼なじみの間に、明確な隔たりを作ったように思う。
俺は時々ふと考えるのだ。
8年前戦争が起こらなければ、俺たちは今でも本当の笑顔で笑い合えていたのではないか、と。