深を知る雨


 《21:00 Aランク寮》遊side


楓や薫、里緒と夕食を食べて部屋に戻った後、俺は端末で軍のEランク隊員の情報ページを開き、チビのことを調べた。

あのチビがこの部隊に入ったのはおよそ半年前、と書かれている。

日本帝国軍が国内外からのサイバー攻撃を防衛する組織を解体したのも大体半年前だったはずだ。

チビがSランクの電脳能力者なら、防衛する組織が無くともサイバー攻撃を防ぐことができる。

日本をサイバー攻撃から守るために常に能力を発動させているのなら、俺の能力が通用しないのも頷ける。

大晦日に記憶を読もうとしたが無理だったため、そうなると睡眠中も働いているということになる。そんな器用なことができるということは、少なくともBランク以上の能力ではあるだろう。

里緒が言ってた優香=チビと考えれば辻褄が合う。……えらい大物がEランクに所属しとるみたいやなぁ。

俺は端末を机に置いて、椅子の背凭れにもたれ掛かった。

しかし、どうも引っ掛かるというか……何や?この違和感は。何か見落としがあるような気がする。


と。俺の思考を遮るように、机の上の端末の着信音が鳴った。

……非通知?

「はい」
『あ、もしもし遊?私だけど』
「……チビ?」

久しぶりに聞くその声に少なからず困惑した。

何で俺の番号知ってるんや。……いや、電脳能力者だからそれくらい簡単に調べられるってことか?

つーかそっちは非通知にしやがって、そんなに連絡先知られたくないんかい。Sランクの一ノ宮が言うとった“気を許したりしない”ってのは、こういうことか?自分のことだけ隠しやがって。

『今度の合同訓練で勝負するんでしょ?どんな感じ?勝てそう?』
「何で知っとんねん。盗聴でもしとるんちゃうやろな」
『ちっ、違うよ!泰久から聞いたの!』

ほお。随分仲良えなあ。

『あのね。私、遊たちに勝ってほしい』
「幼なじみ応援せんでええんか?」
『私が応援しなくても泰久は強いし』
「は、言うてくれるなぁ」
『でも、だから、頑張ってね。勝ってね』

……さっさと会えるようになって、自分の性別を知る俺や楓を見張りたいってところか。

「分かった分かった、任せとき」
『ほんとに?頑張ってくれる?』
「たなべれすとらん行くんやろ」
『……へ?』
「今度行こうって言ってきたん、そっちやん」
『…うん!うんうん!』

電話の向こうのチビがやけに嬉しそうに返事してくるので、思わず口元が緩んだ。

ほんま変な奴。

……あぁ、そうそう。聞きたいことがあったんやった。

「幼なじみってことは当然東宮もお前が女やってこと知っとるんよな?」
『まぁ、そりゃね。私が男の振りし始めたのって軍に入ってからだし』
「そーかそーか。ならよかった」
『……何か企んでる?』
「いんや?何も」

この方法でうまくいくかは分からないが、試してみる価値はあるだろう。

正々堂々能力で戦って勝つのは、今のままではおそらく無理だ。

多少狡い手を使わせてもらう。

「なぁ哀ちゃん」
『ん?』
「もし勝ったら、真っ先に俺んとこ会いに来てな」

特に意味があるわけでもなく、何となく口から出てきた言葉だった。

「楓や薫や里緒やのうて、俺んとこ来てや」

どうしてこんなことを言っているのか自分でも分からない。

『……? よく分かんないけど、分かった』

前後が一致しない言葉に思わずふっと笑ってしまったが、電話の向こうのチビにはバレなかったようで、『じゃあ、そろそろ切るね』とチビは気にする様子もなく通話を切った。

折角端末を開いたので、俺はこれまた何となく端末の通話画面から画像フォルダを開いた。

たった1枚の“優香”の写真を改めて見た時、ふと違和感の正体に気付く。

―――口元の黒子がない。

今あるのは付けボクロか?

あるいは――“優香”はあのチビではない?

……あーもー分からん。

考えるのがアホらしくなってきた俺は、端末を机に置いて風呂へ向かった。



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