深を知る雨



タオルだけ持って風呂に向かう途中、廊下で楓が待っていた。

「次の合同訓練、勝算はあるわけ?」
「さぁ?」
「さぁって何よ」

しっかりしなさいよねと言いたげな顔で溜め息を吐く楓は、どうしてもまたあのチビと話がしたいらしい。

考えてみれば、楓の周りにはあまり女の友達がいない。義理の妹であるSランクの嬢さん以外では、あのチビが久々に話した同性だったのかもしれない。

「お前案外あのチビのこと気に入っとってんな」
「……別に、薫のためよ。薫と互角に喧嘩できる人なんて珍しいじゃない。ていうか、遊こそ気に入ってるんじゃないの?」
「は?」
「自覚ないかもしれないけど、ちょっと前からあたしの抱き方変わったわよ」

楓はにやっと片方の口角を上げて笑う。

「セックスの最中の男ほど分かりやすいもんってないわねーほんと」
「…………、」

それだけ言って居間に戻っていく楓の後ろ姿を見ながら、負けた、と思った。

楓には何でもお見通しだ。楓が考えている通り、俺があのチビのことを想像しながら楓を抱いたのは1度や2度じゃない。

それは生理現象というか、泣いてる素っ裸の女を見て少しもそういうことを考えないという方がおかしい。どんな風に鳴くんやろうとかどこが弱いんやろうとか日中想像していたせいで、夜になって楓を抱く時になってもあのチビのことばかり考えてしまっていた。

……やっぱ、伝わっとったか。楓にバレていたことで生まれた妙な恥ずかしさを無理矢理振り払い、脱衣所へ向かう。

脱衣所には明かりがついていて、置かれてある服からして既に薫と里緒が風呂に入っているらしかった。

Aランク寮の風呂は銭湯に似た造りで、3人同時に入れるようにシャワーが3つ付いているし、浴槽が広ければ空間も広い。

たまたま風呂の時間が重なっただけなのだろうが、どうであれ2人きりで風呂に入れるほど里緒は薫が平気になったらしい。

「ふんふんふふふーんふふふふふふふーんふんふんふふふんふふふふふふふん」
「うるさいんだけど……」

風呂に入ると、鼻歌を歌う薫と、鬱陶しそうに体を洗う里緒の姿があった。

「風呂ほど鼻歌に適した空間はねぇんだぞ。お前も歌え」
「何で僕が……」
「やってみろって、気持ちいいから」
「……ふんふんふん……ふーふふーん……ふふーんふっふー……」
「だはははははは!リズム感ねぇなお前!」

……今日も平和やな。

1日の終わりだというのに元気な薫の体力に呆れながらも体を洗っていると、

「そういや、次の合同訓練って3日後だよな」

浴槽に浸かる薫が今度はこちらに話し掛けてきた。

「せやな」
「どうすんだよ?」
「お前らは深く気にせんでええ。いつも通りやってくれ。多少俺の指示通りに動いてもらうけど」
「勝てんのか?」
「保証はできん」
「そうか、なら、勝てるな」
「保証はできんって言うとるやろ」
「お前はマジでできねぇ時はできねぇって言うだろ。“保証はできん”ってことはかなりの確率で勝てるってことだ」
「……買い被りすぎや」
「どうだか。――信じてるぜ、Aランクの策士さん」

にやっと片方の口角だけを上げた薫は、少し先程の楓に似ていた。



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